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いい人・タイムカプセル(掌編)

 掌編小説です。



 いい人・タイムカプセル  丸田洋渡


 いい人 って思われつづけるのも難しいって感じ。

 一度も開いたところを見たことがない教室があの学校にあったことを覚えている。

 タクシーに乗ると必ず、運転手に、怖い話ありませんかって聞くようにしてるんですよ。

 招待状にタイムカプセルの七文字が手書きで書かれている。

 ・

 誰かを助けたい、ってもう思わなくなったっていうか、/鍵自体は、職員室の奥の金庫の中の金庫の中の箱の中に二つ入っているらしい/怖い話が好きだからっていうのがひとつと、向こうも話好きだろうからっていうのがひとつ/中のものはもうどうでも良かった、あのときの教師が開封のときに傍にいるというのが嫌だなと思った/

 自分が助かり続けることの難易度が高くなってきたっていうか、自分を維持しつづけるのがしんどいっていうかね/噂によると、昔その教室の中で、自殺しようとした人がいて、気づいた人はいたらしいけど、内側から鍵をかけていたから開けられなくて、みたいな、それ以降部屋自体を閉め続けて、二度と開けられないようにしたって話で/そのときの運転手も、ありますよって言ってくれて、話し始めは良かったんです、「あの日は金曜日の夜で、雨が降ってました/欠席に丸をつけて、送り返した数ヶ月後、あのときの同級生たちで掘り返して、タイムカプセルはその場では無事に終了したらしかったけど、そのあとの二次会のとき、A子がおかしくなっちゃったらしい/

 そもそも何をもっていい人とするかももう分からなくなってきた、戦争をしている人たちの中で何人いい人がいるんだろう、って思う、いい人だって戦争はするのか、戦争をするような人の中にいい人はいないのか、分からない、私は戦争はしないけど、だからっていい人だとも思えないし、というか、人を傷つけてしまうこともあるし、/もちろん、死体を取り出す時は外から開けたと思う、それは流石に、今も鍵を開けたら中に死体がいる訳じゃないだろうし、でもなんか噂では、その日にその子が死ぬって知ってた教師がいたらしくて、ちょうど死ねそうな場所がよく見えるようにカメラを設置していて、撮ってたっぽい、死ぬところを、で第一発見者として鍵で中に入ったときに、さりげなく自分が置いたカメラを回収したとかって/駅の近くで私、待ってたんですね、乗客を、そしたらスーツの男が後ろの方から歩いてきてるのが見えたんです、サイドミラーから、なんか乗りそうだなと思ってよく見てたら、その人傘を持ってるのに、ささずに、びしょ濡れになりながらこっちに向かって歩いてきてるんです、なんとなく乗せたくないと思っていたらノックされてね、「どこでもいいんで、出してくれますか」って/参加した友だちから聞いた話によると、みんなで楽しく飲んでいて、今何してるとかあの頃はこうだったとかありきたりな同窓会の話題で盛り上がって、タイムカプセルの中身についてそれぞれ語り合う時間に入ったらしい、隅っこの方に座っていたA子はラブレターみたいに折ってある手紙を広げて一人で読もうとして、その数十秒後、A子の顔が真っ青になって、ぶるぶる震え始めた、みんなは悪酔いしたんだと思って水を渡そうとしたが、A子は無視して立ち上がって外に出ていったらしい/

 何をもっていい人としているかって話、実はこういう人だったって後から分かったら直ぐに評価は変わってしまう、いい人っていうのはきっと、芯から言っていることではなくて、外側の問題、いい人そうだっていうこと、本当に良いかどうかは問題じゃない、だからその用法では、いい人だけどいい人ではないっていうのが成立してしまう/昔の話だから本当かどうかは分からないけど、でもなんか話に妙にリアリティあるっていうか、やった本人が誰かに説明したような感じがしない?/お金はあるんですかと尋ねたら、あると言うから、取り敢えず乗せました、どことも言わないお客さんはたまにいて、かえって面倒なんですよ、目的地に向かい続けている方が楽ですから、じゃあ行きますねって駅から出た最初の交差点で右折のウィンカーを付けた瞬間、その男が大声出して、「そっちには行くな!」って、びっくりして右ウィンカー出したまま左に曲がりましてね、すいませんって謝ったら、男がぜえはあ言いながら、「いいえこちらこそすいません、でも今はそっちには行かないでくれますか、そっちから離れようと思って乗りこんだんだから、」って/友だちは不審だと思って、ちょっと抜けるって周りに伝えて、A子の後を追ったらしい、そしたら居酒屋のすぐ目の前の公園にA子がいて、近くまで行ったら、A子はひたすらさっきの手紙を破いて砂場の上に捨てていたらしい、びりびりに破いて、地面に落ちたものを足で何度も踏んで叩きつけていた、その姿が異様で、友だちも近くまで行ったはいいものの声をかけられずに呆然と見ていた、全部破り終わったところでA子が気づいて振り返ったらしく、友だちはそのときA子と目が合った/

 恋するならいい人がいいと思っていた、でも恋をしはじめてからいい人じゃなくなったとき、(正しくは、)いい人じゃないかもしれないと気づいてしまったとき、私はそれに耐えられない気がする、A子みたいに/私は現にその教室の話をA子から聞いた、でもそれは童話を喋るときみたいに、すごい他人事みたいな言い方だったから、つい私はふつうに聞いてしまっていた/詳しく聞いているうちにね、その人教師やってるって言い出して、なんかやっちゃったらしいんですね、で学校がそっちの方向で、今は学校には近寄りたくないと、私こういう幽霊とかじゃない変な客の方がよっぽど怖くてね、しかもその人、今は……」って、そこからは耳では聞こえているけど理解できない感じになっちゃって、運転手は何も悪くないんですけど、ただ私が、その話がなんだか怖くって/A子は、怒ってもなく、笑ってもなく、ただただ真顔で、「違うから」と言って立ち去っていった、しばらく立ちすくんでいた友だちは、多分埋めておいた方がいいと思って散らばった紙切れを足で集めて、内容を見ることなく砂場に埋めたらしい、「だから今掘り返したら多分出てくるよ」と苦笑いしていた。

(了)

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