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詩/七篇

目次

遮断機へ五歩
記憶のあちこち
「東京」
綻び
化石
死ね
天国の反復

​───────​───────​─────

遮断機へ五歩

遮断機が、ちょうど目の前で降りていく
そのとき、思い出して、

いける
      そう思った。

​────小学校のころ、走り高跳びをしていた。

ベリーロール。

よく回りそうな響き。
体は、それを実感していた。

五歩
お前は何歩か決めろ、と言われたから。

タンタンッタタタンッ
このリズムを、ひたすらに覚えた。
僕が、ではなく、脚が。

タンタンッタタタンッ
これは上手くいったぞ、というとき
一瞬静止して
バーを下に見る。
その頃にはもう半身は越えていて
あとは平行を意識して
片方の脚を抜く。
陽射しであたたまったマットにばふんと落ちる。

「今の良かった」

背のたかい先生が言う!
うれしい。

うまくいかないときは、最初の「タンタンッ」で分かった。
この音は違う、そう思いながら、
跳べないだろうなと思いつつ
やっぱりひっかかる。
バーが落ちる。

測定の日
ここでより跳べた方が大会に出る。
初夏の涼しい日だったな。
ちょうど太陽が向こうにあって
それを迎えに行くように跳ぶ。

友だちが、いつも飛べない高さを飛んだ。

そのあたりで気づく。いつもより日が眩しい。
今、言い訳を見つけてしまった。

タンタンッ
 あ
  タタタンッ

絶対無理だと思った。
絶対はここにあったんだと思った。
眩しい​────

ばふん
あたたかい。ここはどこですかと言いたくなるほどに。
先生は何も言わない。何も!

遮断機
もし上手くいったら、
そのバーを見るようにして、
ものすごいスピードで
先に半身が
轢かれるのだろう。

少しうきうきで
五歩分の距離を取ってみる。
カンカンカン……
うるさい。
ここからならちょうど跳べる
あの頃を思い出す
脚が。

眩しい​────

記憶のあちこち

ポピーはめくれるように咲く。
とん、と触れればそのまま落ちる。
「ポピーはそういう花」
母が後ろから言う。

記憶、それはどこに在るのだろう。
たとえば僕が悲しいとき、
道にポピーの群れを見つけて、
触っちゃいけない、そう思うとき、
どこからそれは来ているのか。

脳の回路が一瞬にして、あるべき場所から運び出し、さっと届けてくれているのか。
あまりにそれが早すぎて、気がついてないだけなのか。
もっと遠くの場所にあって、ばん、と弾丸を撃ち込むように記憶が刺さってきているのか。

考え込んでいるうちに、
ポピーの側から話してきた。
聞こえない、けれど無意識に分かった。
どこかで聞いたことのある、気がつけば流れていた音楽のように、僕ではないどこかで理解していた。

そうか、記憶は僕には無い。
僕ではない所にいつだっている。
記憶を僕が取り返すのではない。
僕が、記憶へ駆けつけているのだ。
その行為を、思いだす、と呼んでいたのだ。

ところで僕はかなしくて、
ポピーに呼ばれているものの、
命令通り触れないでいる。
駆けつけてきたはいいものの、
どうにも出来ず立ちすくんでいる。

記憶、それがここにあるというのに、
黙って見ていろというのか。

すぐ近くにあるというのに
今、僕は悲しいというのに
このままじっとしておけというのか。
聞こえる。
何かが聞こえる。
聞こえて、来る。
ポピーだろうか、そう思った瞬間、

「そういうもの」
記憶が後ろから囁いた。

「東京」

初めまして
初めまして
出身はどこですか
東京です

それ以降この人のことを、密かに「東京」と呼ぶことにした。
東京、それは何だか遠いものだ。
「よく言われるんですけど、そうでも無いですよ。東京に生まれて育つと。夢なんてここにはありません」
お前が言うな、と思った。
「そちらは良いですね、星空が綺麗でしょう。こっちは夜も明るくて星が見えなくて」
お前は田舎をなんだと思っている。そもそも、空は空にある。田舎は地面にある。田舎を空で捉えるなんて、曲を聞かず楽器の価値だけを語るようなものだ。

「東京」は、よく退屈そうな顔をする。
何が退屈なものか、何だってあるのに、退屈する暇なんてあるものか。
「何だってあって、何にもないですよ」
えらそうに。何にもない、それが比喩でしか使えない寂しさを思う。

「東京」は、きれいな言葉を使う。
「私には方言が無い。どれだけ頑張っても、それは真似にしかならないから」
ふむ、それは切ない話である。
「ここを抜け出したいんです。ここを抜けて、どこかに住んだら、そこで私は方言を得る」
東京、ルビは「ここ」。なんだか鬱陶しい。

この人と共に生きていくのであれば、
私はどこに行けばいいのか、
ふと思った。
東京、そこは着地点だと思っていた。
けれど「東京」にとっては出発点だ。
そこを出て、それよりもいい場所、
そんなものあるのだろうか。
「どこでもいいんです。東京で無ければ」
私はついに気になって尋ねる。
「そんなに東京のことが嫌いですか」
「東京」は、空を見上げた。
「嫌い、それもひとつの好きの形なのかなあ」
私は、絶対にこの人のことは嫌いだと思った。
でも、
その見上げる姿がとても素敵で、
私もそれに倣うようにして、
東京の空をすっかり見上げていた。

綻び

虫眼鏡は一面に黒を映した
そして一点を見つめる
いつか燃える

実験
先生の居る前で
黒い折り紙に虫眼鏡を翳す
太陽が高く昇り
折り紙と太陽のその中間に
虫眼鏡を翳す

いつか

そのいつかは
折り紙より先に
心の中に訪れた

先生の居る前で
心に一点の綻びが生まれ
中心から
遅く  遅く
草臥れた円の形で
燃え始める

燃えた

そう声に出した
燃えたから

燃えたのか
先生は折り紙を見る
まだ冷たい折り紙を見る
なんだ
全くじゃないか

どこを見ている
莫迦が

そのとき

心の火がつらつらと移動し
先生の心に
ちゅん  と引火した

笑った
上手くいったと

うずくまる先生の前で
笑い続ける
この火が
燃え尽きる

いつかまで

化石

化石 化ける石と書く
化けて石になったのか
なんだか間抜けだ

いや 石が化けているのか
しかし見た目は石だから
まだ成りきらぬ所だな

窓の外から轟轟と
大きな物が動く音がする
物?
者?

窓を開けると、
全ての化石が、
集合し、

成っていた。

お前だったのか

死ね

  雪がしんしんと降りしきるなか

ひとつのことを教えてやる
お前も既に知っているだろうが
人は生まれては死ぬ
生まれては死ぬ

  雪にまみれて、こくりと頷く姿

いいか
人は生まれたら死ぬしかない
それ以外に道はないのだ
しかし、それを知った上で
よく知らないふりをする
習いませんでした、と
お前はそんなことはしてはいけない
今ここで教えたからな

  雪が手の上で溶け
  どうすればいいんですかと言う
  僕は死が怖い
  こんなに怖いなら
  生まれて来なければよかった
  けれど
  生まれないという選択をする権利は
  僕には無い
  僕は死ぬのは嫌だ
  だから
  どうすればいいですか
  生まれる前に戻るには
  どうすれば良かったんですか

知らない
雪が降ったらもう空には戻れないように
生まれてしまったら死ぬだけだ
雪とお前が違うのは
そこに知識があったかどうかだ

お前は元に戻れはしない
そのまま真っ直ぐ進めばいい
できれば何も迷わずに
できれば何も考えずに
そのまま行け
でも
忘れるなよ
今ここで教わったことを

お前はもう
雪にはなれないのだから

天国の反復

ここはどこだ?
眼前は、一面の薄いクリーム色で覆われている。
「やあ」
近くから声がした。
''声だけがした''。
「誰かいるんですか 」
あはは、とその''声''は笑った。
「まだ君には分からないよね。ここにいます。君には見えなくとも」

しばらく、沈黙が流れて、私は訊ねた。
「ここは、もしかして、天国ですか」
「うん、多分」
''声''は即答した。
「僕は、誰かから教わった訳では無いし、なにかの標識を見たわけでもないし、確かではないけれど。こんなにも穏やかで、少しふわふわして、一面に淡色が広がっているのは、天国くらいしかないだろう」
「そうでしょうか……」
「他にもあるって?あるかもしれないね。あるなら、それでいいよ。ここには、ここが天国であるという証拠もなければ、ここが天国以外であるという証拠もない。だから、ここをどう思うか、ただそれだけなんだよ。だって、ここにあるのは、薄いクリーム色、僕たちの声、そして僕たちの思惟だけなんだから」

「ここが天国だとしたら」
仮定から、''声''は話しかけてきた。
「ここに来る前​、つまり、死ぬ前のことでなにか覚えている事はある?」
生前。本当に自分は死んだのだろうか……そう思いつつ、過去を思い出す。しかし、何も思い出せない。何も。分厚い私の事典がそこにあるのに、何枚めくっても真っ白のページしか無い。
「やっぱり、覚えてないか」
「やっぱり、というのは」
「僕もね、何も思い出せないんだ。何度も、思い出そうとするんだけどね……」

一面、という表現が文字通りであるほどに、一面に広がる薄いクリーム色は、「面」の様であった。何一つ奥行きを感じない。しかし、際限無く、前後左右に、上下に、広がっているのは感じる。

「あの」
「なんだい」
「ここに来てどれ位になるんですか」
「そうだね、我々が住んでいた地球の尺度を借りれば、二年ほどではないかな」
「二年、長いですね」
「長い、か」
''声''は哀しさを帯びた。
「ここにはね、何も無い。太陽も、月もない。だから一日の感覚がない。眠くもなければお腹もすかない。おそらく、ここに時間なんてものは無いんじゃないかな」
「時間が無い……」
私はぽっかりと穴のような気持ちになった。

どこを見ても一面の淡色。どこを見ても。
何か、何かが引っかかる。
私は、本当に、見ているのだろうか。
そもそも、目はあるのだろうか。
現に、目蓋を閉じようとしても、閉じられない。目蓋が無いのだろう。
この景色に、晒されるしかない。
 そういえば
さっき、''声''は、どうやって私を発見したのだろう。
「あの」
「なんだい」
「さっきは何故私を見つけられたんですか」
はは、と、以前聞いたような微かな笑いを聞く。聞く、と言っても耳はないのだが。
「見つけることはないよ。目がないのだから」
「では、どうやって」
「簡単さ。分かったんだ」
「分かった?」
「そう。敢えて、『見えた』と言ってもいい」
「どうして、見えたんですか」
「考えてみて。僕はここに長い間いる。僕が来た時、君にとっての僕のような、先住者はいなかった。僕ひとりだった。この何も無い場所で、ただひたすらここに居た。分かるかい?何も無いんだよ。何も無い場所に、君が来た。見えはしないけど、存在が突然に有ることになる。いくら鈍感でも分かる」
「そういうものですか」
「そういうものさ」
''声''は、君も慣れれば分かるさ、と付け加えた。

私たちは、間欠泉のように、不意に始まり、すぐに終わる会話を、ひたすら繰り返した。ひたすら、ひたすら。

「あの」
「なんだい」
「私たちは生きてないんですよね」
「ああ」
「死んだ後ですよね」
「たぶんね」
「じゃあ、今は何なんでしょう。生きている、も、死んでいる、も当てはまらないような」
「そうだね。きっと、言葉が無いんだろう。この場所を、生きている人は知らないのだから。​──そうだな、それでも敢えて言うなら、死に続けている、あたりじゃないかな」

「あの」
「なんだい」
「ここには本当に、私たち以外の人はいないのでしょうか」
「人、は居ないよ。僕らだって人ではない……まあ、そんな屁理屈は置いても、誰もいないさ。どこへ行こうと、何も、誰も、在っちゃいないさ」
「私、天国ってもっと、天使とか神様がいっぱいいて、なんだか楽しそうな場所だと思ってました」
「はは、僕もそうだった。天国にもっと期待していたよね。それも、生きている者達の想像だったということだよ。死後が必ずしも苦しいものではないようにと、祈りをこめて」

「あの」
「なんだい」
「貴方は、幸せですか?」
「今?」
「はい」
「幸せだよ」
「本当ですか」
「本当だよ。だって、こんなに穏やかじゃないか」
「穏やか」
「うん。穏やか。ここまで平静でいられること、おそらく生きているうちは無かったと思うよ。それに」
「それに?」
「君が来てくれたからね。喋り相手が出来た。相対的に幸せだ」
「だとすると、私が来る前の二年間は」
「いや、別に、幸せだったよ。今と比べれば、退屈だったね。変な感覚だよ、体も、時間も無いはずなのに、前は退屈だったなんて。君のおかげで以前と以後という時間が生まれた」
「それは良かったです」
「それ、本気で言ってる?」
「いえ」
「あはは、君は素直だね……」

「あの」
「なんだい」
「ここは、何次元なんでしょうか」
「何次元、だろうね。最初は、地球の頃と同じように、三次元の場所だと思っていた。けれど、どうやらこの淡色の景色は、平面である気がする。だとすれば、ここは二次元……?しかし、どこを見ようとも、どこへ動こうとも、動作する体が無い。となれば、僕はここから動いてないと考えるのが自然だろう。では、僕は点なのだろうか。ならば、ここは一次元になる。しかし、点すらない気もする。現に、君が存在してくれることで、お互いが不可視の存在であることが分かった。ならば、零次元、なのだろうか。次元に零などあるのだろうか。反対に、百次元とか、よく分からない複雑な場所に位置しているのかもしれない」
「なんだか、分からなくなってきましたね」
「ああ、分からない、分からなくていいんだよ。分かったところでどうにもならないんだから」
「そう……なんでしょうか」
「ああ、そういうものさ……」

「あの……」
「なんだい……」
「……」
「…」
「」

​───────​───────​─────

僕は自発的に詩を書くことは無い。いつも、詩が出来上がるときは、突発的に、手が勝手に動いている。気がつけば八時間も、書いては推敲し書いては推敲しを繰り返していた。

午前四時半をまわったところで、「天国の反復」に差し掛かったが、天国の描写をしているとき、急に、携帯がバグを引き起こし、完全にストップした。まさか、「気付かれたのか」と思った。強制的に電源を落とし、保存していた場所から改めて書き直した。

天国の住人に気付かれぬように、素早く打った。怪を語れば怪至る、と言うが、天国を書けば、天国に至るのだろうか。

詩の一つの境界を覗いたような気がして、これを記録しておこうと思った。いつでも、ここにもどってこれるように。

               丸田洋渡

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