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第64回角川短歌賞応募作

初めて短歌の賞に応募したのがこの連作。この歌たちを届けたい相手は既に僕の遠いところにいる。

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花に水温   丸田 洋渡

どう使うか分からないまま消火器を抱いて夏の向日葵畑

湖の周りを歩く始まりが何処であったか忘れて叱る

身長を表す線の刻まれた柱大きく家の古びる

窓を見て蓋を失くした水筒のように口開け嚥下する祖父

引き出しの中には湖の写真その傍の木で出来た机よ

国道に夜降りてくる鳥のように肺二つ持ち空飛べぬひと

罌粟の花水をあげればたちまちに明るみとなりおはようを言う

親友にも友達がいて風が吹いてくるたびに挫く通学路

運ぶとき皆避けていく水替えてアマリリス咲く花瓶の領域

世界にはいたるところに純白な風車が順調に錆びてゆく

プールサイド親の並んで私たちきれいなフォームで溺れ続ける

過呼吸の少女を運ぶ生徒たち絶対に花畑へ行くな

蝶が背を合わせて交尾する横で大きな人に怒られている

舞台袖越しの合図で飛び出した大人数の兵士役散る

真夜中の校舎に入り水の出ていない蛇口がありすぎて嫌

封筒が隣の家に届いている飼われた犬が食べようとする

花々をこれほどまでに詰め込んでぐんぐん燃える祖父の柩よ

骨箱を持たされていて藍色の空をあまりに浅いと思う

朝食の鮭に小さな骨のあり噛み砕くのを諦めて出す

紐見れば綴りたくなり地球史に花のページの欠落を知る

サーブ打つ指に微かに雨の触れサーブ入らぬ口実となる

夕立が水やりならば駆け出して私をもっと植物にする

挨拶に応えてくれる先生の親が、死んでしまってからは

青色のメトロノームに向かい合うことも出来ないままに成人

廃校を知らせる紙が同窓会招待状に遅れて届く

死後バンドメンバーたちが歌いだすお前への歌聴け 全部聴け

友人は結婚式の帰り道いたるところにあいさつをする

木は森に隠しておけばいいように新宿駅を迷い続ける

くるしい と手を挙げているそうやってすぐにバス停にバスが来る

学校で出会う話を繰り返すあなたを古い地図だと思う

水多き躰の熱を水温と市民プールで働く君は

君がくらりと倒れた道の下に街巡る水道管のあるゆえ

時計屋の主人が針の無い時計飾りつづけることについては

看板の文字の「映」「画」が落ちている白い館に土足で入る

フランスの塔を描いている部屋の窓のすべてが開いていること

陽だまりで眠るあなたの中にある断層の表面のスケッチ

魚のいる海がどっさり降るだろう天地がふいに逆転すれば

水中で魚に好きと言おうとして頭の中でこだましている

海を見てかなしくなって体内の書架を閉架にして電気消す

砂漠にて倒れるような夜だった肌つけて広いねと囁く

風浴びて風化していくわたしたち遺跡になって残りたくない

空白の押し寄せている実家へともう帰らないという選択

許す ただそれだけのことそれだけが母をきれいに衰えさせる

しがみつき花の蜜吸う蜂だけが花に最も近づいている

望遠鏡のぞきこむとき片方の目の裏側の夜を見ていた

長雨のすみずみに降り親と居た街の記憶が濾過されてゆく

兄妹であるかのように水を遣る花屋の人の滑らかな所作

君が撮る私の底抜けに笑う写真が遺影になる可能性

「このまま」という四文字で終えられた手紙夕焼け窓を侵して

雪に雪しずかにつもる果てるまで抱え続けるぬるい心臓

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自選すると、〈罌粟の花〉、〈運ぶとき〉、〈蝶が背を〉、〈紐見れば〉、〈サーブ打つ〉、〈学校で〉、〈水多き〉、〈君がくらりと〉、〈砂漠にて〉、〈許す ただ〉の10首。
作者として、この作品たちをあますことなく愛していきたいと思う。

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