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インスピレーションをくれた人

昨年、祖母が亡くなったときのnoteにたくさんの♡をいただき驚いたことがあったが、

もうひとり、故人の話を書こうと思う。
亡くなってすでに20年近くになる、父方の祖父のことだ。

私は祖父を尊敬している。尊敬という言葉を知らないくらい幼い頃から、祖父は他の大人とは一味違う凄い人だと感じていた。


祖父はもともと田舎の職人集団の出身らしく、学歴など持たず、身体ひとつで都会へ出て人生を切り開いてきた人であった。
戦時中は大連に行ったらしいが無事に戻り、妹たちの親代わりとして働き続け、なんと妹たちを学校へ行かせてお嫁に出すところまで面倒をみたという。
その後は全国的にもよく知られている上場企業で定年まで働き、苦労ばかりではなく、世界各地の絶景ポイントへの旅を楽しんだりもしていた。


祖父のルーツについて、詳しいことは、もう誰にも分からない。


祖父は頭が良く手先が器用で、身の回りの物の修理も上手く、シルバニアファミリーのミニチュア家具作りから自宅のリフォームまで何でもこなしていた。
私が美術系に進みそれなりに良い成績を取り、さらに手作業の職に就くことができたのは、祖父の血筋のおかげだと思っている。


祖父にとっては私は初孫で、とても大事にしてもらった。
小学校の夏休み中、私だけの特権のように、あちこちに連れて行ってもらっていた。


銀山跡や鉱物博物館を見学したり、各地の鍾乳洞へ車を走らせたり、鳥取砂丘まで泊まりがけで遠出することもあった。


思い返してみればユニークな地学スポットばかりだが、この経験が後の私の仕事に好影響をもたらしたのは間違いない。
私はファッションや財産としての宝石が好きなのではなく、そのルーツとなる地球を知ることが好きなのだ。
祖父は私に、たくさんのインスピレーションを与えてくれた。



そういえば私が7歳くらいのとき、祖父がおはじきの入った漆塗り風の箱をお土産にくれた。
ガラスのおはじきに混じって、なぜかひとつだけ、赤縞瑪瑙の磨き石が入っていた。


赤縞瑪瑙、サードニクス(サードオニキス)は、8月の誕生石でもある。

やや地味な石なので、誕生石として好きだという人は少ないかもしれないが、よく見れば素朴で味わいのある石だ。カメオや彫刻の素材にもなり、クリエイティブな一面もある。
ルビーの華やかさはなくても、朱色がかった赤は日本らしい身近な色彩だし、使い方次第で唯一無二のアートにもなるのだ。

不定形で表面だけなめらかに磨かれた赤縞瑪瑙を、私は手のひらにのせて眺めたり、ルーペで観察したり、舌の先で舐めてみたり、光に透かせて遊んでいた。
ありふれた安価な石だが、子どもの私にとっては、正真正銘の宝石だった。

祖父が亡くなる前に、
「ねえ、おはじきの箱を憶えてる?どうしてひとつだけ瑪瑙が混じっていたの?」
と訊いておけばよかったと、今でも思っている。


参考資料
https://gemhall.sakura.ne.jp/gemus-agt.htm


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