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神社の社格で番付編成した!-解説 五畿編②-


ご挨拶

こんにちは!
「神社の社格で番付編成した!」の第5回です!
今回は五畿方の上位に番付された神社を解説したいと思います!

解説 五畿編②

前頭3枚目:伏見稲荷大社(山城 京都市伏見区)

社格等:名神大社、二十二社、官幣大社
千本鳥居で日本国内外に圧倒的知名度を誇る稲荷神社の総本社、それが伏見稲荷大社です。
稲荷神社といえば八幡神社と覇を競う神社界きっての大勢力で、一説には摂社・末社も含めて30,000社以上もあるといわれています!商売繁盛のご利益があるというのは有名ですが、稲荷の名前の通り農耕・食物の神という面もあるご利益に富んだ神社です。農耕技術に優れた渡来人・秦氏の氏神的存在だというのも頷けますね。この食物の神という性格のためか、後世には外宮の豊受大神等とも習合しています。さらに東京証券取引所の鎮守である兜神社も実は稲荷系の神社で、商売繁盛という面が如何に信仰されているかがわかりますね!
当社の千本鳥居をくぐって奥社の方まで行くと相当な時間がかかりますので、できるだけ早い時間のうちに行くのをおすすめします。

伏見稲荷大社 千本鳥居の参道
伏見稲荷大社 向き合う鳥居

前頭4枚目:大神神社(大和 奈良県桜井市)

社格等:名神大社、二十二社、官幣大社、正一位、大和国一宮
古代の都、大和国一宮がこの大神神社です。
ご存知の通り、大和は平城京や藤原京、飛鳥京といった朝廷の中心部として栄えた国だけあって有力な神社が数多くありました。当番付の幕内にも春日大社、石上神宮、大和神社等が鎮座しています。当社はそんなハイレベル(社格的な意味で)の国で一宮とされている堂々たる名社です!古代から三輪山を神体山とし本殿を持たない神社であることはよく知られており、日本最古といわれる神社のひとつですね。奈良時代以前には奉斎氏族の三輪氏だけでなく天皇家からの崇敬も特に篤かったといわれています。祭神のオオモノヌシには古い皇祖神のタカミムスビの娘ミホツヒメと結婚し、天孫の守護神となった神話があります。そのオオモノヌシを祖神とする三輪氏は天皇家を戦争・政争両面から支えた股肱の臣ともいうべき存在で、如何に信頼されていたかが神話に投影されているようです。しかし、時代が下ってくると天皇家は伊勢の神宮を最重要視するようになり、大和国内では大和神社が勢力を増し、朝廷は藤原氏に牛耳られていきます。三輪氏は力を失い、大神神社も大和の有力神社のひとつという地位に落ち着きました。以降、往時の勢力が戻ることはありませんでしたが、それでも後世また今日においても多くの人から崇敬され続けているのは神話と歴史の賜物としか言いようがありません。
なお、現在は三輪山の登拝も可能です!カメラ撮影等は禁止されていますが、その分しっかり目に焼き付けられますね!

大神神社 拝殿
大神神社 摂社・狭井神社(登拝口)
大神神社 摂社・若宮社(大直禰子神社)

前頭5枚目:石上神宮(大和 奈良県天理市)

社格等:名神大社、二十二社、官幣大社、正一位
日本最古の神宮といわれるのがこの石上神宮です。
飛鳥時代の大族・物部氏の氏神である他、古代朝廷における武器庫の役割を果たしていたといわれています。拝殿の奥の禁足地には主祭神たる布都御魂大神の御神体が埋斎されているとの伝承がありましたが、明治時代に境内を発掘調査してみると、この伝承を裏付けるように本当に武具が出土しました。元々は本殿を持たない神社でしたが、上記調査で出土した武具、即ち布都御魂剣等を祀るために本殿を建てて現在に至ります。冒頭に述べた「最古の神宮」とは、つまり伊勢の神宮より古い神宮である(可能性がある)ということですが、御神体発掘の話と合わせて大いにロマンを感じさせてくれる神社ですね!
境内には神使の鶏や烏骨鶏が放し飼いにされており、人を恐れる風もなく元気に動き回っている姿には否応なしに癒やされますよ!

石上神宮 楼門・廻廊
石上神宮 花手水
石上神宮 階段を駆け下りてきた烏骨鶏

前頭6枚目:大和神社(大和 奈良県天理市)

社格等:名神大社、二十二社、官幣大社
大和の国土そのものを神格化した国魂を祀り、国名を社名に冠する神社がこの大和神社です。
祭神のヤマトオオクニタマはかつてはアマテラスとともに宮中に祀られていたとされ、あまりにも神威が強い為に宮中の外に祀られるようになりました。伊勢の神宮と同様、崇神天皇の御代に皇女がその任にあたったと日本書紀に記されています。その流れがあってか平安時代初期には伊勢の神宮に次ぐ広大な社領を獲得し、同じ大和国内において強大な勢力を誇った大神神社に迫る、或いは凌ぐほどの力を持つに至りました。それから遥かに時代が下った戦前期には戦艦大和の艦内神社の分霊元にもなっており、境内にはそれに関する展示もあります。
ただ、現在はこれらの由緒の割にはとても静かな神社で、非常に落ち着いた気分になれる境内となっています。

大和神社 本殿・中門
大和神社 池の亀(すごく人慣れしてます)

前頭7枚目:住吉大社(摂津 大阪市住吉区)

社格等:名神大社、二十二社、官幣大社、摂津国一宮
日本を代表する海の神といえばこの住吉大社です。
記紀にある神功皇后の三韓征伐の際には航海の安全を司り、大いに霊験を発揮しました。この三韓征伐の真偽はさておき古代より崇敬が篤かったのは確実で、天武天皇の頃から特に奉幣があったことが日本書紀に記されています。摂津において並ぶもののない大社として庶民からも崇敬を集め、現代でも初詣の参拝客を200万人以上集めるほどです。当社の本殿は住吉造といわれる珍しいもので、4棟全てが国宝に指定されています。
大阪市という大都会にありながら境内はとても広い上に普段から参拝客が多いため、時間に余裕を持って参拝することをおすすめします。

住吉大社 拝殿・本殿
住吉大社 楠珺社

前頭8枚目:廣瀬大社(大和 奈良県北葛城郡河合町)
前頭9枚目:龍田大社(大和 奈良県生駒郡三郷町)

社格等:名神大社、二十二社、官幣大社
廣瀬の水神・龍田の風神と並び称される大和の名社がこの廣瀬・龍田の両大社です。
両社には大忌祭(廣瀬大社)・風神祭(龍田大社)という祭があり、国家的祭祀の小祀に指定され五穀豊穣の祈願祭として扱われていました。大忌祭は水害、風神祭は台風等、これらの鎮めが期待されてのことと考えられます。日本書紀には両社ともに天武天皇4年(西暦675年)に祀られたと記述があり、まるで五穀豊穣祈願のために生み出された双子の神社のようにも思われます。
両社の鎮座地はそれほど距離は離れていないので、合わせて参拝するのをおすすめします!

廣瀬大社 幣殿・本殿
廣瀬大社 参道
龍田大社 拝殿
龍田大社 末社・下照神社

次回

今回はここまでです。
次回も引き続き番付された神社を解説しますので、
またご覧頂けますと幸いです!
ありがとうございました!

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