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いじめられっ子 愛国者学園物語185

 二人は喋り疲れてしばらく黙っていた。そして自分たちが焼きとん屋にいることを思い出して料理を食べ、それを酒で流し込んだ。


西田は唐突に言った。

「美鈴さん、貴女は将来のある方だ。私のような人間といつまでも酒場でしゃべってちゃいけませんよ」

美鈴はその言葉に衝撃を受けた。

「私のような……」

とは言っても、その次が出ない。美鈴は自分に喝を入れた。


 「この会合は私にとって貴重な体験でした。ホライズンの職場では話さないようなことも、ここでは話題に出来ましたから」

西田は寂しそうに微笑んだ。

「そう言ってもらえるとうれしいのだが、私とダラダラと話していても成果はないでしょう」

(ダラダラ?)

「そうでしょうか、私はそうは思いません」

美鈴は思わず強く言ったが、西田の返事は意外なものだった。


 「この間の集まりの時ですよ、実はね、店の外から美鈴さんのことを見ていた男がいたんですよ。驚きの顔をしてね。あれは、美人である貴女をナンパしようとした通りがかりのサラリーマンじゃない、貴女のことを知っている人間に違いない。きっと、奴は勝手な想像を膨らましているんでしょう。酒場で美鈴さんが年上のおっさんと真剣な顔で話をしていたのは、実は……、なんてね。変な噂が広がらなければいいが」



 美鈴はそれを聞いても反応しなかった。

(馬鹿な)

気不味い沈黙のあと、西田が口を開いた。

「貴女はいじめられっ子になるでしょうね」

「いじめられっ子ですか?」

「そう。言いづらいことだけど、貴女が若い女性で、外資系企業で働いていて、自分の意見をはっきり言う性格が嫌われるかも。

日本社会ではね。ジャーナリストにはそういう性格、元気の良さが必要だと思いますけどね。

もし貴女が中年男だったらどうだろう。メガネをかけて立派なスーツを着て、恰幅(かっぷく)の良い人だったら。世間の人は、若い貴女とは異なる接し方で中年男に接する人が多いはずだ」

「つまり、男性の方が偉いから、女性よりも丁寧に扱われるとか?」

「うん、そうですよ、偏見かもしれないが。まあ、今は21世紀だし、社会に男女平等思想が広まっているはずだから、そういうステレオタイプ的な接し方をする人は少ないかもしれない。だが、ネット社会などに出回っている貴女への悪口を読んでいると、若いくせにとか、女のくせにとか、外国の回し者め、というものが多い。それに、日本人至上主義者たちは男尊女卑ですからね。女は家にいて、外で仕事をする男を立てろ、それが日本の伝統だと言う連中だもの。若い貴女が活躍するのが許せないはずだ」



 美鈴はそれに答えようとしたが、西田が先手を取った。

「それで、美鈴さんはこれからどのように愛国者学園とそれに関連する問題に関わっていくんですか?」

「え……」

美鈴の両目がぐるぐる動いた。

「正直、これからどのようにあの問題に接するかは決めていないんです。愛国者学園が、うちの肉屋の前にあることで、何か運命的なものを感じますが、取材を続けることの困難さを思うと、気がすすみません」

「そうか……。私は貴女に提案したいことがあります」

「なんでしょう?」

美鈴の声が明るくなった。




「貴女の仕事は『人間の理解』であって欲しい」

「理解?」

「そう、人間の理解ですよ」


西田は急に

「ぱぁあーん、ぱぁああーん、ぱぁあーーん」

と言って、トランペットを吹くマネをしたので、近くに座っていた男たちが彼を見た。美鈴は急に恥ずかしさを感じて戸惑ったが、彼はお構いなしだった。彼は口真似で、何かのメロディーを演奏し始め、ドラムを叩いているふりまでしている。明るい感じの曲だったけれども、美鈴が早くそれが終わることを願った、そのとたん、彼は「演奏」を止めた。


 そして、ニコニコ笑いながら、ヤクザのようなドスの効いた声で

「なんじゃ、あんた、このメロディー、知らんのか?」

と聞いたので、美鈴もふざけて可愛い声で、

「お手上げです」

と言うと、彼は喜んだ。

「映画『仁義なき戦い』のシリーズですよ。見たことはなさそうですな?」

「聞いたことのあるような題名ですけど、知りません」

「そう、じゃあ今度見てご覧なさい。今やったのは、そのメインテーマです」

「それが、どうして、ここで?」


 西田はiPhoneを取り出して何かを検索した。そして、つないだイヤホンを自分のワイシャツにおしつけて拭いてから、美鈴に渡した。iPhoneが再生していた曲は「仁義なき戦い」のメインテーマだった。


美鈴がそれを聞き終わると、西田が続けた。

 「あのシリーズはね、戦後の関西や広島のヤクザを主人公にしている。出演者たちが豪華なんですよ。菅原文太や梅宮辰夫、小林旭。それに松方弘樹、渡瀬恒彦、田中邦衛。刑事コロンボの吹き替えをした小池朝雄。それに金子信雄の役が憎たらしくてね」

美鈴は我慢出来なくなった。

「それがどうして、今日の話題に?」


西田は微笑んで、

「私に呆れないでくださいね……。例えば、ヤクザを断罪することは誰でも出来る。それは簡単だ。だが、その生き様を描くことは難しいかもしれない。なぜなら、それをするには、

彼らの思考や人生について知らなければならないから。これは、相手の内在的論理を理解することですよ。 

そういう理解があってこそ、彼らの生き方が、行動がわかるはずだ。断罪と理解はちがう。あなたがバルベルデ に行って、地元の人と触れ合うだけでは、あの国を理解するのに物足りないでしょう。あの国のジャングルに潜む恐怖、というか、ジャングル開発推進派と、自然保護派の対立などを描かない限り、バルベルデ の今を語るには物足りないレポートになるはずです」


「そこで、なんですけどね」

彼は言葉を区切った。

「私の目は節穴だから、これから、貴女がどんな人生を送るのか、出世してゆくのか、わかりません。だが、もし、これからも、愛国者学園や日本人至上主義者たちをレポートするなら、断罪よりも理解を、人間の理解という視点でレポートして欲しいなと思うんです」

続く
これは小説です。

次回予告 186話 「人間の理解」
日本人至上主義者や愛国者学園の論理を探るために、美鈴は何をすべきなのか。彼らはその態度を平和的に変える日は来るのか。彼らの本質を伝える意味とは? 美鈴は考える。

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