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燃え上がる怒り 愛国者学園物語 第205話 

 強矢の行動は1ヶ月ほども続いた後で、終わった。だが、日本人至上主義者の執拗な中傷とマスコミの取材に根を上げた名誉領事は、この件で疲れたなどと語り、その様子が放送された。それを見て、学園の教師たちは、ファニーの本とはなんの関係のないフランス名誉領事を

「ざまあみろ!」

と罵倒し、強矢と学園の子供たちはそれを楽しんだのだった。

 強矢には喜びの種が集まって来た。彼女は、学園の

「国旗掲揚旗手」

になるように命令されたのだ。それは、学園生にとって最高の栄誉であった。担任にそう言われて、強矢は同級生がびっくりするほど大きな声で返事をした。
(自分が旗手に、それも神聖な日の丸を掲げる旗手に選ばれた!)
彼女は有頂天になり、その日の授業について、何も覚えていない。


 それは餌だった。強矢がファニーの本の件で、烈火の如く(ごとく)怒っていると知った学園関係者は、冗談半分で、彼女にあることをささやいたのだった。それは、ある場所で1ヶ月ほど日の丸を掲げたら、国旗掲揚旗手になれるかもよ、という話だ。すでに接遇員としてエリートである強矢だったが、それを聞いて、夜も眠れぬほど興奮した。
(あたしが学園で数人しかいない、国旗掲揚旗手になれるかも!)

 それを聞いてやる気になった強矢は、学園関係者に向かって、熱心にアピールした。そして、この役を得たというわけだ。実際は、強矢が女子だから目立つだろう、目立たせてメディアの関心をひく道具にしようという、学園関係者の背後にいて、学園を目立たせようとするプロデューサーたちの思惑に動かされただけだった。彼らにとっては、強矢はただの道具に過ぎない。

 こういうわけで、強矢は揃いの黒いTシャツを着た強面の男たち、つまり、かつての不良外国人観光客から市民を守ると称する会のメンバー、今は愛国行動隊に守られて、あの会社の前に立ったというわけだ。強矢の「標的」がファニーの本とは何の関係もないにもかかわらずだ。

 結果として、強矢悠里の姿はあらゆるメディアを通して、世界中に伝わった。

愛国者学園には彼女についての問い合わせが殺到しただけでなく、テレビ局からの出演依頼もたくさん届いた。日本人至上主義者御用達の日昇新聞は何ページも彼女の特集を組んだし、ネット番組「愛国砲弾」からも出演依頼が届いた。しかも、自分が尊敬する吉沢友康議員と一緒に、だ。その知らせを受けて、強矢は狂喜した。強矢悠里、小学3年生での出来事だった。


 「愛国砲弾」に出演した強矢は誰が見ても、緊張していた。それを知った吉沢は年長者の包容力をいかんなく発揮して、彼女をサポートした。それは吉沢の優しさに見えたが、実は、彼なりの人間操作術だった。彼は自分に心酔する強矢にあることを依頼した。それは、東京で行われる大規模な抗議集会への参加だった。

 その集会には約10万人の参加が予定されており、ファニーの本による日本への侮辱に抗議をするために、全国から仲間たちが集まるんだ、と吉沢は言った。そして、君にはスピーチをして欲しい、日本を馬鹿にしたあいつへの怒りを述べてもらいたい、と強矢に依頼した。

 強矢は大喜びでその依頼を受け、「愛国砲弾」の視聴者から無数の

「いいね」をもらった。


 やがて、その

大集会

で、強矢は演説して喝采(かっさい)を浴びた。私は日本を馬鹿にする人間を許さない、私は友人のふりをして日本に近づいたあのフランス女を許さない。ファニーは反日勢力だ、私たち親切な日本人を裏切った。私たちは反日勢力と戦うなどと、小学3年生とは思えないほど強い言葉を並べ、強矢は演説をした。それが終わると、会場は長い拍手で満たされ、彼女を褒める言葉が無数に飛び交ったので、強矢は涙を隠さなかった。その隣では、あの吉沢友康が強矢を優しい目で見ていた。


 吉沢はあることを強矢にささやいた。

それは、強矢が最近始めた、ある挨拶のことだった。

それは学園生たちが、学園の行事で頻繁にやる仕草、具体的に言えば、右手を前方に高く上げて行う宣誓(せんせい)の変形だった。強矢の挨拶とは、それを少しアレンジしたもので、右手の人差し指と親指で6をつくり、それを前方に高く掲げるのだ。6は強矢が6月6日生まれだから。彼女にとって6は自分のシンボルであり大事な数字だった。強矢はそれを同級生や後輩たちにやるように命令して、渋々命令に従う彼らを見ては満足していたのだ。


 吉沢が突然それを口にしたので、強矢はこの10万人がいる会場で驚いた。すると、彼は会場の人々に、その「強矢の挨拶」を全員で行うように呼びかけたのだ。強矢の頭はパニック状態になりかけたが、吉沢は、強矢自身がそれをやるように、優しく指示した。強矢は会場の全員に向かって、右手の指で6の字を作り、その手を前方に高く掲げ、強矢の挨拶をした。

 会場の全員がそれを真似して、右手を高く上げた。そして、全員の心はひとつになり、強矢はそれを知って、また涙を流した。


 それからというもの、国旗を掲げてデモ隊の先頭に立つ強矢の姿は、あらゆるメディアを埋め尽くした。

「まだ小さいのに、大した子だ」
「なんて凛々しい(りりしい)んだろう」
「あの吉沢先生が認めた子だ」


 そのような称賛だけが強矢に伝えられ、

彼女の黒い心は膨れ上がった。

強矢はマスコミの取材合戦にもみくちゃにされ、愛国者学園の関係者は。それをコントロールするのに苦労した。彼女が愛国少女として有名になったことを感じた関係者は、強矢を大手の芸能事務所に所属させることにした。そうすれば、強矢を売り出せるし、管理も楽だし、学園も有名になるだろう。

 小学校3年生の強矢悠里はこうして愛国アイドルになり、芸能プロデューサーたちの剛腕により、さらにその存在を大きくしたのであった。


続く 
これは小説です。

次回の予告です。日本を馬鹿にしたとファニーの本に怒る日本人至上主義者たち。彼らの怒りはファニーの祖国フランスへのデモとなって噴き出した。
さあ、日本はどうなるのか。第206話「反フランスデモの始まり」お楽しみに!


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