見出し画像

日本の"自分で始めた女たち"#5 久保月さん 「私は残らなくても、IKUNASは残すべき活動である」。新しいフェーズには、新しい人育てが必要になった。

久保 月さん(会社経営) 第2回(全4回シリーズ)

(第1回はこちら

――
久保 月さん プロフィール
香川・高松生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業。2002年に東京から香川に戻り、デザイン会社株式会社tao.を立ち上げる。デザインワークで忙しい日々、仕事で香川漆器の作家の器と出会い、清水買いしたことから、讃岐の伝統工芸の美しさと、それに反しておかれた現状の厳しさを知り、雑誌IKUNASを創刊。デザイナーの目を通して語られる地域の伝統工芸の美しさや、かわいい色をまとったいまの暮らしになじむ讃岐漆器はたちまち人気になり、デザイン×伝統工芸のものづくりのスタートとなった。伝統工芸のみならず、2018年から「食」分野の仕事も始める。
現在はIKUNASギャラリーを讃岐おもちゃ美術館内で展開。2017年からは空き家リノベーションを行う「アキリノ」事業をスタート。
――

久保さん 私「おもっしょいこと、したいやん」とよく言うの。(=讃岐弁で「面白いことしたいよね」の意味)
「何言っているの」という人もいると思う。「こんなに伝統工芸が疲弊しているのに、面白がってどうするの」と言葉だけをとらえて思われることもある。「楽しそう」とか「次何やるの」、「そんなに動き回らんでもええやん」とか、いろいろ言われます。
自分でも、大変だとか忙しいと言う時もあるけど、自分が止まることがいちばんイヤ。
 
中村 止まりがちな人は、動いていること自体が「楽しそう」と思うのかもしれませんね。
 
久保さん 私、いろいろやるんですよ、思いついたらやる。でもこの前、「ばね」の話を聞いたの。
ばねって伸びる部分、「可動域」がありますよね。それが私だとすると、いま拠点が増えて伸びきっていると。「これ以上伸ばそうとしても伸びんぞ。伸びしろをつくるために整理しないと」とある人に言われて、すごく腑に落ちたんですよね。「止まれ」というのとは違うアドバイスだったんです。整理するというのは、余白をつくる。それが非常に分かりやすかった。いま、整理して、手放して、決裁権を持った人に責任を渡していくということをやっています。
 
中村 それって怖くないですか?
 
久保さん ほら、私は人が育つほうがいいから、自分が前に出なくていいの。「どんどん私の代わりに前に出てください」「失敗したら面倒見るから、動いてください」「動かないと、つまらない人間だなって、私は判断します」「私が“つまらんのぉー”って言い始めたら、動くように考えてください」。
大変だと思いますよ、うちのスタッフさん。でもこれひと通りやったら、いい人材が育っている会社になるんじゃないかな。みんな、ええ経験してくれたらいいなと思います。
 
中村 私いま「あ、この人」ってピンと来る人と仕事をしているんです。今までいろんな人に一緒にやろうと言われても、全然ピンとこなかったんだけど。
 
久保さん それはね、価値観が合ってるんだと思います。価値観が合うと、全部を言わなくてもいい。タスクが多くなってきたときに、それってすごく楽ですよ。
私、新しい人に「はじめまして」と言って手探りで一緒に仕事を始める時間が好きです。「あなたどう思う?」と価値観を探る。そういうのやらないとダメなの。
仕事だと、相手に「えっ」と思うときがある。「このテンション、すごく気が合っていいやん!」という時も、「なんでこんな言い方するの?」っていうことも。だから、仕事をして「気持ちよかったー!」ということって限られているかもしれません。
そのやりきった達成感を、スタッフたちに作ってあげたいと思う。難しいですけどね。

2022年の株式会社tao.の事務所の風景を、久保さんが切り取った一枚。
3人でスタートした仲間がいまはこんなに。(写真提供:久保さん)

会社はいま組織としての過渡期。
大変だけど、大変じゃない。いや、大変だけど。

 
中村 きっと自分で動く人もいるし、待っている人もいますよね。
 
久保さん 止まっているボールを見て、そのまま置いておくのか、「自分で動かしてもいいんだ」「動いたらどうなるだろう」と思って、手を出して動かすか。「動かしていいんだ」という環境をつくるのが仕事だと思っています。
「してくれるだろうと思っているとイカンのゾなぁ~」とかね。でも人ってそんなすぐに分からんやん・・・。
そうしたら何が要るかといういと、その上の先輩とか、私もなんですけど、ボールを動かしている姿を見せないといけないと思うんですよ。やりすぎたら「月さんみたいにできません」と言われてしまうけど(笑)。
いま、うちの会社は組織としての過渡期です。人は人で育つというから、仕事も人も、循環していくことを考えないと。大変だけど、大変じゃない。いや、大変だけど(笑)。
 
中村 でも面白い。
 
久保さん 面白い。一生このまま面白いと思い続けて死ぬんじゃないかな。
時にはカラ元気にならないといけないことがありますよね。私、よく笑い飛ばしているんですけど、笑い飛ばさないといけないときがある。いやな気持を一喝するために笑い飛ばす。自分のスペースを守るために、「こっちから入ってこないでください」という意味もあって笑い飛ばす。笑いでぐっと空気を変えていかないとしんどいよねっていうのを、無意識にやっているところもある。
 
中村 空気って大事ですよね。特に久保さんのところのように、一人ひとりの存在感が強いところは。
 
久保さん 私がいちばん「ギャー!」ってなるのが、人に迷惑かけること。迷惑をかけて平然としているならすごく怒るし、言う。組織として伝染するから。それが当たり前となってしまうとダメだから話をします。
人の進退についても経営者として、真摯にお話する。「会社でよくやってくれていたのになあ・・・」という人もいるけど、去っていく背中を見送りながら、会社を守るという決断をする。
 
中村 そういう経営者の覚悟というのは、従業員さんに伝わっているんじゃないかと思うんです。
 
久保さん それも日々のコミュニケーションの積み重ねですよね。だから話ができる環境を作っておこうと思っている。「あなたのためにも会社のためにもならないんだったら、あなたはあなたの合うところに行くべき」っていう話をしますね。
会社の取組みに不満を持って出ていく人もいる。でもIKUNASの取組みをした経験は、自分自身の資産として持って出て欲しいんですよ。だからIKUNASを汚したくない。IKUNAS=久保ではない。IKUNASはみんなでやっている活動。ひとりひとりが関わっているから継続している。だから私は前に出ないんです。・・・中村さんも人雇ったらいいのに。
 
中村 ひとりより誰かとやるほうがいいのかなと思うけど、忙しいときは波があるので、いつもその人を食べさせていけるわけじゃないからね・・・と思って躊躇している。一方で、人を雇ったら仕事できる範囲が増えるから心配しなくてもいいのかなと思ったり・・・。
 
久保さん 私の場合は、自分のしたいことをやるために人を雇って、自分の給料はなくてもやりたいことができたらいいという思考が、5~6年、続いたんですよ。人を抱えて、面白いことをするために人に投資していた。人に投資というのはうちの会社の良いところにしたい。デメリットでもあるけれども、人に投資しているからこそ、ここまでやれるという理屈はある。
次は、人のスキルを上げて「自分の分を自分で稼ぐ」ことをしないといけない。難しいよ、これ。仕事を与えてしてもらうことはできるんだけど。自ら動いで稼ぐという人間がどれだけいるかということで、次のうちの会社の在り方が決まる。
だから今の人たちが自分でボールをうまく動かしてくれたら、もうひとつ面白くなるかなって思っています。
でもいま、経営が本当に面白くって。私、お金の引っ張り方が分かった!
 
中村 教えて(笑)。
 
やりたいことをプレゼンテーションすることで、
資金が集まって来るようになった

 
久保さん 「自分がやっている事業をお金にするってこういうことか!」と気づいたってことなんだけど。
今まで、「久保さん、いつもいいこと言ってますよね~」で終わっていたのが、いまこの「いいこと言っているものに、私たちは投資をしよう」という話になってきました。クライアントの課題解決のプレゼンテーションではなく、自分たちのやりたいことのプレゼンテーションをして、そこに資金が集まって来るようになったの。
クライアントワークじゃない事業ってこれか、って。

写真提供:久保さん


久保さん もしかしたら、もっと早いタイミングでそうなったはずなのかもしれない。さっき「営業してません」と言ったけど、いまは「営業すべきだ」と。自分たちのプレゼンテーションをしないと、次のフェーズには行けない。仕事は広がらないし、新しいものもつくれない。「ああ、そうか!」と思ったんです。
私、口が育ったと思う。もう、口だけの人間にならないように気をつけなイカンぐらい(笑)。
 
中村 そんなに(笑)。口だけではなく、根拠もいりますよね?
 
久保さん そう思う根拠は、事業活動tao.としての20年の実績。これだけの活動をきちっと積み重ねてきたということ。これをベースに「次はここに行きたい」と。
面白いですよ。やってよかったな、やり続けてよかったなって。私たちはちょっと覚束ないかもしれないけど、「まあやってみなよ」って言われたのが、すごくうれしかったですね。
いま仕事って「1案件なんぼ」っていう、案件の積み重ねじゃないですか。クライアントワーク、制作会社の常だと思うんです。企業さんの予算を預かって仕事をするという話もそう。
でも自分たちが何をしたいかと考えた時、「面白いことを実(じつ)につなげないといけない」と思い始めたの。
IKUNASは私が残すものではなく、私は残らなくてもIKUNASは残すべき活動である、というフェーズに入った。ちょっと偉そうに聞こえるかもしれないけど、IKUNASは行政では難しい、香川の何かを掘り起こすための仕組みになる仕事。その仕事に得手がある人間が、今までの何かをロジカルに回していくんだったら、私は「どうぞ(やってください)」というカタチになる。

高松市亀水地区にある「旧南原邸」はアキリノ事業のシンボル的存在。伝統工芸、暮らし、地域のコミュニティ、食と、久保さんの頭の中がのぞける場所。(写真提供:IKUNAS)

中村 私のものじゃなくて、みんなのものになる・・・
 
久保さん そうそう、私は前に出なくてもいいんですよ。「私が育てるのはここまでです」と。次のいいコーチについて更なるレベルアップをするなら「どうぞ」と。「じゃあ私がやります」という人がいるかどうかは分からないけど。
IKUNASには社会貢献事業という側面があって、だからこそ、自分のものにしちゃダメと思い始めた。民間がやっているから収益事業になるけど、民間だからできることがある。かゆいところに手が届くというか・・・。事業のフェーズが変わってきました。
編集も次の世代の人がどんどん入ってきて、新しい世代の視点で情報を切り取ってIKUNASになっていったらいい。そんな感じで人材育成できたらいいかなと思っています。
ビジネス展開の話をすると、事業を誰かに譲るとかそういうことは考えていなくて。この事業は地域活性・地域のブランディングの仕組みのひとつで、IKUNASの取り組みを他地域に展開したいというのは、ずっと思っていたんですね。以前何回かそういうお話をいただいたことがありますけど、そこまでビジネスのスキームができていなかった。
 
中村 他地域展開にするとハードルが高かったりすることもあるのでは?その地域にはその地域ですでにやっている人たちがいるので…
 
久保さん うちは情報制作会社がベースにあるので、ものづくりだったりショップ開発だったりということが「IKUNAS」というスキームでできるわけ。他地域だと、自分たちの媒体を持って提案する。IKUNASはIKUNASだし、場所が変わったら名前を変えてもいい。システム構築ができると、システム販売ができますよね。
 
IKUNASは制作会社。
私自身は「店をやっています」という感じではない。

 
中村 地域のものを扱いはじめると、最初は違いがあったのに、何年か経つとみんな似て来るな・・・と思うこともあって。
ここの地域にもいろいろなショップがあって、みんな方向性は違うんだけど、扱っている商品がだんだん一緒になってきて・・・。
最初にあったエッジが平均的なものになったりはしないんでしょうか。
 
久保さん 同じ高松には、エリアマーケティングの考えをベースにお店作りをしているところ、オーナーのやりたい世界を表現するお店などいろいろありますが、IKUNASは「制作会社」なんです。マーケティングとかクリエイティブをする。大工町(讃岐おもちゃ美術館内のショップ)はアタマが柔らかなところでものを考える。クライアント案件、たとえばカタログづくりなら、そのテストマーケティングをお店でやる。そういう意味では、私自身は「店をやっています」という感じではないんですよね。

高松市丸亀町商店街の、讃岐おもちゃ美術館の中にあるIKUNASのショップ。
広々としたカフェも併設されていて、ファミリー対象と思いきや、旅行者にも地元の方にも
おすすめしたい気持ちの良い空間になっていた。(写真提供:IKUNAS)

久保さん 似ている考え方のショップもあります。それでも、私は私なりの、そのお店はそのお店のフィルターで、伝統工芸を紹介していると思います。例えば懇意にしている人たちのものを紹介するお店もあれば、多面的な取扱品目をやっているのがIKUNASだったりと、違いがある。
伝統工芸も、元気のいい人をピックアップしてしまうんだけど、たくさんいるんですよ。私たちは伝統工芸という名前をついているものを全部取り上げたいという感じ。おじいちゃんがやっている、古典的な伝統工芸も取り上げる。
私から見ると、どのお店も違うことをやっているという感覚だけどね。
 
中村 香川って狭い市場なので、どうしても、相性が合わない相手と会ったりしますよね?よかれと思ってやったことが、違って受け止められてしまったりとか。そんなときはどうしていますか?
 
久保さん 手放すスキルが要りますよね、大人の対応というのか・・・。
いろんなスタッフがいるから、この人だったら相性がいいんじゃないかっていうスタッフを探して仕事をしてもらう。社内じゃなかったら、社外の人を紹介する。
市場が狭いからしょうがないところはあります。影でいろいろと言われるのはいいんだけど、そこに真摯に向き合うという姿勢は崩さないほうがいいんだと思いますね。
 
中村 どういうことか、もっと聞かせてください。
 
久保さん クリエイティブの話だと、感性が合う・合わないってあるじゃないですか。数字ばっかり言う人は数字しか言わない。根本は人。人なんですよ。その人の本質を見て、背景とか事情がわかると、合わない部分もかわいく思えてくるというか。
処世術みたいなものができるようになるとラクチンかなと思いますね。ムラで過ごすための間合いの取り方。私は会にも所属しないし、どのグループにも所属していない。グループに所属しないと生きていけない人は所属すればいいけど、そういう人ばかりじゃないから。そういう人ばかりじゃない人とつきあうほうが、結果いい仲間ができる。ヨコ連携が同じテンションになるから、生きやすくなる。
いまの付き合いをまずは大切にするというところを意識していますね。
 
(第3回に続きます。9月15日公開予定です)
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?