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「ごきげんでいることが、私のミッション」 MICHICOさん  <インタビュー>

MICHICOさん。
デザイン会社 ヴォージュ経営 アートディレクター
ClayLife DESIGNER、クレイセラピスト育成インストラクター

多くの人と出会い、つながって。


―「なんでも言いなよ。聴いてあげるよ」って言われたい声ですね(笑)

そうですか(笑)。教えてあげるよ的な姉さんキャラではないんですけどね。慕ってくる人は多いのかもしれないけど。

―迷いがない感じがあります。

ああ、何度か「絶対的な安心感あります」って言われたことはありますね。
私、今日のインタビュー、楽しみにしてました。以前、インタビューをする側だったことがあって。


―そうなんですか?

魅力的な女性たちに、『あなたの原材料を教えてください』っていうテーマで、インスタライブでインタビューしていたことがあったんですね。コロナ禍の入り口あたりで。
それに、遡れば7年前くらいに「8人の淑女(オンナ)たち」っていうサロンを、自宅(東京)で月に2回ほどやっていた時期がありましたね。

―どんなサロンだったんですか?

なんかね、魅力的な人がすっごい多かったんですよ。いろんなとこで活躍している人たちが、周りに。
だから、この魅力的な人たちを、私が独り占めしておくのはもったいないぞって思って、交流の場を作りたいって思ったんです。
そして、1人の人の話をキチンと聞けるのは最大8人までかなって思って、私ともう1人のホスト役の人は固定で、話し手と聞き手という形で8人を呼ぶお茶会のようなものを開催していたんです。
コーヒーとフィナンシェのような焼き菓子を出して。

日々、ここでお仕事。グリーンに囲まれて。


―どういったかたちで集客していたんですか?

私の知り合いや、もう1人のホストの人の知り合いに声をかけて集めていました。
メインは自身の活動を話してくれる人を1人呼び、その人の話を聞ききつつ、基本は全員が自己紹介をしながら自分たちの話をするっていう会でした。
それがね、めちゃめちゃ楽しかったんです。
なんていうか、異業種交流ができる有意義なお茶会っていう感じかな。
すっごい勉強になりましたね。年代も様々で。
10ヶ月くらいやっていたかな。横のつながりもいっぱいできて。
で、息子が受験期に入ったので、自宅を開放するのも…ってかたちで終わりを迎えました。

―MICHICOさんだからこそ、それだけ人が集まって束ねて、ってことができたんでしょうね。

当時は本当に幅広く交流していました。
仕事を通してのつながりもそうですし、プライベートでも食事会とか、あとは女性の集まりみたいな、異業種交流的なものもよくあったので。

―その後、インスタライブという形にシフトしたのは?

それよりも以前に、自分たちで媒体を持つということで、クリエイティブで雑誌を作っていたことがあったんですね。
その時にあらゆる人にインタビューをしたんですけど、媒体を持つってすごいことなんだなって思ったんです。インタビューしたいって人にインタビューオファーができて、会いたい人に会えちゃうんだって。
でもそれは2回で終わってしまったんですね、リーマンショックと重なって。
それを私はもう一回再開したいと思ってはいたんですが、なかなか形にできないなって思った時に、「インスタライブでもインタビューってできるじゃん!」って思ったんです。
あ、今はもうそのアカウントは閉じてしまっているんですけどね。

―終わりを迎えたのはなぜでしょう?

そこでは顔を出してインタビューしていたんですが、ちょっとやり方を見直したというのがありました。もともと表に出たかったわけではないなって思ったというか。
表に出ないでインタビューができればいいんですけど、インスタだと顔が出ているので今は閉じちゃいました。
その頃、意識がいろいろな意味で変わってきて、「表に出なくていい」って思ってから、今までの各SNSでの活動も全部消したんです。


―なるほど。では、コロナ禍の入り口で思考や活動に変化が起きたのですね。

そうですね。
あ、私、2020年頃まで「将来の夢は脚本家」って言ってたんですよ(笑)。

―え?(笑)

タイミングですよね、コロナ禍になり、脚本のスクールに通えないってなって。
そして、その頃にクレイに出会ったんです。

―クレイは今現在の活動につながってますね。

そうそう。アロマも学んで資格も取りました。でも、これはクレイのために取得したんです。アロマのこともちゃんと知っておいたほうがいいと思ったのと、別の、フレグレンスのほうの調合の勉強をしたことがあって、その時に「私には危険」って思って。

―危険(笑)?

はい。深いんです。深いからおもしろいんですよ。
香りの長さの割合によって、調合も香りも変わったりするんですけど、ちょっと学んだ時に、「まずい、これははまってしまう」と(笑)。
それがわかったから、「今それをやるわけにはいかない。私はやることがある」って立ち止まっているところです(笑)。
本当にもう興味がいろんなところにあるから、私(笑)。

アートディレクションの他にイラストも手がける


興味はどんどん広がっていく

―なるほど。一般的には「何に興味を持てば…」ということも、年代が上がると割と出てくるんですよね。「没入できることを見つけたい」と。

へぇ、そうなんですね。私は知りたがりだからなぁ。
もうずっとそう。ありとあらゆることに興味のある子どもだったんです、小さい頃から。
いろんなこと、ちょっとかじるみたいなことも含めて、いろいろやってきてます(笑)。
12色のカラーを用いたキレイデザイン学とか。統計学に基づいたものなんだけど、そういうものを学んだり、古事記をわかりやすく学んで、自分の守護神がどの神様かを知るっていうのかな。そういうのを、何かのきっかけになればいいなって、学び始めるんですよ。

―人と共有できるもの、伝えられるものを選んでらっしゃいますね。

あ、そうかも。自分が学んで終わりっていうのではないかも。
ただ、私には弱点があって、覚えていられない人なんです(笑)。
もうちょっと、「実はね」ってたぁーって喋れればもっといいんですけどね(笑)。
古事記の神様から神社への興味が広がったりして、ずっと広がりっぱなしで大変なんですよ。

―興味の範囲は広がる一方……。

そうなんです(笑)。
そうやっていろんなことをやってみたんです。
クレイも「知りたい!」って思って知ったら、「わ、もっと知りたい!」って思って、「わぁ、これをみんなに伝える側になりたい」って思ったんです。


クレイとの出会い

―クレイに向き合ってどのくらいですか。

今、3年ぐらいです。
私の友だちがクレイセラピストをやっていて、クレイのことは7、8年前から知ってはいたんですね。歯磨き粉を買ってみたりしてはいたんだけど、なんとなくそのままになってしまっていて。
で、その子がうちに遊びに来た時、市販のクレイパックを置いていってくれて、「これ、洗顔にも使えるよ」って言われたんです。
使ってみたら、目から鱗状態で、「なんだこれ!めっちゃいいんですけど!」ってなって。
私、イラストも描くんですけど、彼女から「クレイの本を作りたいから、イラストを頼みたい」って言われていたんですね。
だからクレイのことを知らないとって思ってはいたんですけど、その洗顔に出会って、これは自分が知りたいって思って、そこから真剣に彼女に教えてもらったんです。
で、学んでいる最中に「これ、教える側になろう」って思い、試験を受けてクレイセラピストになったんですね。
その資格を持っていると、クレイセラピストを育成する「クレイセラピストインストラクター」っていうことの学びができるんですね。私はセラピストの学びの前からインストラクターを目指そうと思っていたんですが、晴れてこの夏にインストラクターになりました。

TERRACLAY のプロダクトたち
( illusted by MICHICO)

―クレイと、本業(グラフィックデザイナー)との兼ね合いについてはどんなふうにお考えですか?

将来的にはクレイの方をメインにして、デザインのほうを趣味にしたいんです。

―転換、ですね。

そうなんです。
クリエイティブはおもしろいんですが、それなりに「食べていくためにやっている」部分もあって。
だから「やらなくても十分食べていけるけど、好きでやる仕事」にしたいんです。
なので、もう一つの柱としてクレイを本気でやっています。
クレイは「好きでやる仕事」であり、「人が喜んでくれて豊かになる」という仕組みにしていきたいなって。

―理想としては「食べるためにやる仕事」がなくなるイメージ?

そういうこと(笑)。
それにクリエイティブは波がありますしね。今月と翌月で(オファーの量が)全然違うみたいな、超不安定な状態が続いたりするわけです。
今後、クレイはすごい来るだろうなって思ってます。
この2年でも、すっごい増えたんですよ、「クレイ」という言葉を目にする機会と製品が。

―好きでやっているクレイだけど、ビジネス的にも将来性があると。

もちろん。そう踏んだから先生になろうと思ったんです。
起業家の視点というか、「まだ世に出ていないけど、そのうち絶対世に出るだろうな」っていう視点というのかな、そういうモノの見方は常にしています。

―何人かのMICHICOさんがいますね。直感ではしゃいで飛び込むMICHICOさんと、冷静にビジネスチャンスとして将来性を洞察するMICHICOさんと。

うーん、そうなんでしょうね。意識的に分けていないけど、勝手にスイッチが入る感じで。

この夏、クレイセラピスト育成インストラクターの資格を取得。

常に心地よくいるいるために

―いいタイミングでクレイに出会ったんですね。

そうなんです。クレイに出会えてなければ、脚本家を目指していたかも(笑)。
でも、ここのところ「脚本家は厳しいな」って思い始めたんです。
なぜかというと、私はほとんどマイナスな感情を持ち合わせていない人間なので、物語はいい人と悪い人がいて深みが出るのに、「その人(悪い人)がなぜそういうことをするのか」っていう部分に対する共感がなさすぎて、リアルなものにならないだろうなって感じて。

―そんなふうに自分を分析されていることがすごいです。マイナスの感情を持っていないということなんですよね。

「もしかして、人に興味がないのか、私って」って思うぐらい、体の中に負を入れないタイプなんですよ(笑)。
「常に自分を心地よくしていたい」っていう気持ちが強いんです。


―それを意識したのはいつごろ?

結構若い時だと思います、覚えてないぐらい。
例えば嫌なことがあるとして、それを家に帰ってきて誰かに「聞いてよ」って言うとしますよね。そうすると、そのことがあった時に不快になって帰ってくる間は忘れているけど、帰ってきて話す時にまた思い出すことになりますよね。
つまり、もう一度その怒りを体の中に呼び起こすわけで、それが私には不快なんです。
嫌なことや嫌な人を、私の体の中に二度と入れたくない。
だからあえてそれを体の中に入れずに、シュンって抜いちゃう感じ。
つまり、何にフォーカスするかによって、生き方が変えられるってことですよ(笑)。
そして、「心地よく、ごきげんでいること」が私のミッションなんです、ずっと。
もちろん、ごきげんでいられないことが多々あった時期もありました。
いろいろな経験はしてきましたけど、ここはずっとぶれてないですね。

―今はごきげんにやれている?

はい。今は背負っているものを下ろしたので。
今、パートナーがいるんですが、パートナーのおかげで、貼り付けてしまったものをすべて剥がしてもらったので、今はもう剥き卵みたいな状態です(笑)。
パートナーがすごいんだと思います。
もし、この先に万が一その人と別れるということがあったとしても、私はその人を救世主だと思っていて、私に息を吹き返させてくれたんです。


―では、今が最も満たされている時期ですね。

うーん、「ハッピーでしょうがない!」っていうような感じではなくて、とっても穏やかな、なんていうか、自然体で本来の私に戻れた感じ。
物欲からも解放され、揺らぎがない。
だから、とても無色な感じっていうか、何て言えばいいのかな、もう「私」という色というか。
最初に表に出なくなった話をしましたが、顔も出していろんな人との交流をバンバンしているということに対して、パートナーから「それは本当に必要なことなの?」って聞かれたんです。
私自身が「これが私」って錯覚していた自分を、パートナーによって一枚一枚剥がされて、「表に出る」ってことは、本来の自分ではないって気付かされたんです。
私が麻痺していた部分を逐一「なんで?」って質問してくれて、それで自分では気づかなかった「なんで?」に向き合うことができたんです。

クレイを練る。至福のとき。

―これからのロードマップはありますか?

「TERRACLAY(テラクレイ)」という自分のクレイのブランド化を進めていこうと思っています。
商品化をしていくことも考えているし、教えるということを通じて、生徒の人たちが学んでいけばもっとクレイに触れていくようになるわけだし。
あとは、いわゆるアロマセラピストさんたち、いろんな業種の人たちがどんどんクレイを扱うようになっていくと思っているんですね。
そうなった時に、セラピストさんたちって施術のプロだけど、見せ方のプロじゃないから、TERRACLAYの特徴って、ただ「クレイを教えますよ」だけではなく、クレイを使うっていうことの生き方、魅せ方(商品の見せ方、魅力)を私は伝えていけると思っているんです。
そこはデザイナーとしてやってきた私の特徴だと思っているから、セラピストさんたちがサロンにクレイを置いたり並べたりという時に、「どう見せると魅力的か」も伝えていけるし、それと同時に、ブランド化していればその商品が並んでいるだけでおしゃれに見える空間を、提供してあげられると思っています。

―今のお話を聞いているとビジネス視点が優位な感じですが、冒頭のほうは、ふわっとやわらかい感じで、いろいろなMICHICOさんがいらっしゃいますね(笑)

まわりは柔らかいけど、中の芯は太いっていうタイプかな(笑)。

MICHICOさんが手がけた作品たち。
「デザインの仕事が好き。ずっと続けていきたい」


自分に聞く。自分を見つめる

―10年先のMICHICOさんが、今のMICHICOさんに何か言葉をかけるとしたら?

あ、私、「数年後の自分」に名前をつけてるんです、「ホリー」って(笑)。
27歳くらいの時だったかな、なんか閃いたんですよね、数年後の自分を設定することを。
悩んだ時は「ホリーならどう考えるんだろう、どっちの道に行くんだろう」って。
誰かに相談するっていうことではなく、自分がどうすべきかは、自分の中に答えがあるってわかってた気がするな。
今、ホリーがなんか言うとしたら、「自分がすべきこと、わかってるでしょ」って言うかな。「ちゃんと気づいてるんでしょ」って。

―「自分には何もない」「興味のあるものを見つけたい」と思っている人に、何かアドバイスはありますか?

うーん、もしそう思っているとしたら、自分をわかってなさすぎかなって。
自分が積み上げてきたものの中に宝はいっぱいあるのに、それに気づいてないだけだよって。
それはラッピングされた大きい花束じゃなきゃいけないって思っているのなら、そうではなくて、歩いている道に咲いている花が心を癒してくれることだってあったりするわけで、なんならそっちのほうが癒してくれたりする、その価値を、外ではそういうことをわかっているはずなのに、自分をそう見てあげていないのかなって。
それは、とてもとても体の奥のあなたが泣いているから、ちゃんとその奥の自分を見てあげてって思います。

―外に見つかるものではないと?

そう。
「あの人はこうだけど、私には何もない」というのではなく、宝は誰にでもあるはずです。
それでも「ない」って言うのだとしたら、「ないって言っちゃう自分でいたい」ってことなんじゃないかなって。
思い込みや決めつけをしてしまうと、自分をグレーフィルターで見るみたいな状態になっちゃうと思います。
もし、隣に自分と全く同じことを言っている友だちがいたとして、その人のいいところをいっぱい言ってあげてって言われたら、なんて言ってあげるかですよね。
たぶん、いっぱい言葉が出てくるんだと思うんですよ。

―なるほど。

私、「思うようになる」って思っているんです、自分の人生。
思考は現実化するとか、引き寄せとかあるじゃないですか。
何を選ぶか、どんなエネルギーを発するかで、その周波数に合った人たちとつながっていくし、広がっていくと思っています。
そういうことなんだと思っています。
だから、「ごきげんを広めようプロジェクト」をやっていきたいですね。
あ、自分的にですよ、大々的なキャンペーンとかじゃないです(笑)。

<終わり>

取材・構成・編集・文字起こし:Jidak
画像提供 : MICHICOさん


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