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初めての一人暮らし 2

前回の話(初めての一人暮らし)の続きになります。


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お湯が沸き上がる数十秒前。
私はあることに気がついた

おかしい…

ここに来てはっきりとその違和感に気がついた。


コップがない。

緑茶が大好きな私のために
一度にたくさんお茶を飲めるよう少し大きいサイズのコップ。
中学の時、誕生日プレゼントでもらったあのお気に入りのコップがキッチンに見当たらなかった。

ああ。
この漠然とした違和感はあれだ。
忘れ物をしたようで、でも確信がない時のざわざわと落ち着きのない不安感。
と、沸騰直前の電気ポットを横目で見ながら一人冷静に分析、そして納得していた。

あの漠然とした不安感、意外と馬鹿にできないんだよな、、、と過去の忘れ物経験から思う。

コップがないのもしょうがない、
今日は部屋の片付けしかしていないもの。
と、心新たにし違うコップを持ってくるため部屋へと向かった。

…コップがない。

パチッとお湯の沸き上がる音がした。

お気に入りのコップではない。
別のコップを持ってこようと部屋へ向かった時、私は思い出したのだ。
今日の荷解きは全て完了している。
立体の段ボールはこのピカピカの部屋には置いていない。
また、荷解きの際にコップを見た記憶もない。

つまりこの部屋にはコップという物質が存在しなかったのだ。

それに気がついた途端、急いでキッチンへ向かった。

フライパン、鍋、まな板、包丁、スプーン、箸、お皿、調味料、食材一式…

何もない。
一人暮らし用の1K。
決して多くない引き出しや戸棚の扉を開けては閉めて、開けては閉めて…を繰り返した。

最後の砦、シンク下の戸棚。
わかっている。結果はわかっていた。
やはり何もない。

現在時刻は午後21時。
今日一日、荷解きをする際一度もキッチンの近くで作業をしなかった。
当然の如く料理・ご飯という単語に関するものは何一つおいていなかった。
引っ越したらご飯を作れるよう練習する!とはよく言ったものだ。
何も作れないじゃないか。

わたしは狭い廊下にしゃがみ込んだ。
私の母もわたしも気がつかないなんて…と初めは驚きのあまり愕然としていたが、途端にその間抜けさにふふっと笑いが込み上げてきた。


ゴン、と伸ばした足先に小さな冷蔵庫がぶつかった。
これから生活していくこの部屋にはホテルでよく見る立方体の小さな備え付け冷蔵庫がついていた。
この冷蔵庫のおかげでわたしは新生活のために冷蔵庫を買わずにすんだのだが、冷蔵庫の搬入があればわたしも母もキッチン用品の存在に気がついていたかもしれない。が、もう遅い。

出費は痛いが明日買うしかないな…
とコップは諦め財布を鞄から取り出し中身を確認する。


お金がない


3月地元の友達とたくさん遊んだんだった。
遊んだ、という表現では足りない。
遊び狂ったのだった。


そう、わたしの全財産は1,000円とちょっとばかしの小銭しかなかったのだった。


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流石にまずいと思った私は私は銀行の通帳を確認した。

「382円…」

間抜けな数字が口から漏れていた。
こんな端金で何になる…と今まで使ったことのない単語を思いながら、この状況をどう乗り越えるか思考を巡らせた。
体温低下。寒気。心拍数の上昇。
体の変化だけ見たら疾患レベルである。

そんな状況でもわたしには人並みのプライドがあった。
母に借りるのは…論外だ。
今日から頑張って!と別れた母にお金を借りるなんて意地でもしたくない。
ましてや別れてからものの1時間程度しかたっていないのに金を貸して欲しいなんてアホの所業だ。一生馬鹿にされる。

次の給料日は6日後。
明後日からは学校が始まる。
給料日には少ないが3-4万円程度入ってくる予定だ。
そこまでなんとか乗り越えるにはどうしたら良いか。

今まで使ったことのないほど頭を使っていた。
何せ生死がかかっているのだから。

まず百均を駆使してプラスチックのコップを買う。
最悪ご飯さえあれば良いのだから一日150円程度でご飯を買えばいい。
食パンなら余裕だ。いける。
他必要なものについては後で考える


…残りはお風呂に入って考えよう。
1,000円の使い道についてある程度目処がたったわたしは、意外となんとかなる現実に安心し、一度スッキリしようとお風呂へ向かった。

ユニットバスなのでさっぱりするにはちょうど良いと、足を踏み入れた時、



そこにはシャンプーとリンスとボディーソープがなかった。



お風呂のドアをそっと閉じた。

完全に感情が無になった私はそのままの足取りで布団を敷き電気を消した。
そしてこう呟いた。


「ドライヤーもないや。」


沸かしたお湯はすっかり冷たくなっていた。



続く。


【わたしの残高】
 1,000円ちょっと。
(銀行に382円)

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