『13階段』著者の雄弁に「金」を

『13階段』(高野 和明、文春文庫)を読んだ。
しかし、ミステリー小説につき、ここで詳細内容に触れることができない。
したがって、内容にほとんど触れずに物語の筋全般(ストーリー、プロット、トリック)に関し、分解評価してみる。

まず、仮釈放中の青年服役囚と定年間近の刑務官が共同して謎解きに挑む、というストーリーはユニークである。
プロット(著者による読者への仕掛け)は良い部分と悪い部分がハッキリしている印象。
トリック(犯人による刑事/探偵への仕掛け)は若干、粗々しさが目立つかもしれない。

<テーマ・ファーストのミステリー作品>

それでもなお、好感が持てるのは、本作『13階段』が明らかにテーマ・ファーストで書かれたミステリー作品である、という点にある。
つまり、テーマ追求において、トリック・ファースト型のミステリーとは一線を画するのである。(トリック・ファースト型作品においてはトリックやプロットに重点がおかれ、テーマや人物描写は御座なりになりがちである)

言い換えると、本作はプロットやトリックの辻褄を合わせるための後付けパッチワーク感が目に付き、全体像としてゴツゴツした印象は拭えないのだが、それでもなお、ミステリーというジャンルの範疇を越えたテーマ追求が卓越しており、負の印象を補って余りある良作といえるのだ。

<生と死、罪と罰>

本作のテーマには死刑制度の是非や裁判における制度上の問題点、保護観察を取り巻くリスク等が含まれ、これらに関する日本の現在地を知識として理解できる。

しかし、それ以上に、より根源的な問いである、生と死、罪と罰と赦しについての見識を磨くことができるのだ。
この見識は宗教や哲学を顧みるまでもなく、現代社会に生きる我々が苦悩するおよそ全てについての理解を助け、結果として一定の救済能力をも持つ見識とも言えそうだ。
本作を読むだけで、ワイドショー番組で取り上げられる犯罪に関する数多の芸能人コメンテーターよりも深い洞察ができる。
しかし、同時に、洞察の深さ故に、多くの論理の正当性の理解に至り、自らの発言は難しくなるという矛盾も孕むのだ。

<沈黙は金、雄弁は銀>

「沈黙は金、雄弁は銀」という格言がある。
「沈黙することは多くを語る以上に価値がある」という意味である。
しかし、最近思うのは「沈黙ならば優(金)、雄弁ならば良(銀)」ということ以上に、「優(金)ならば沈黙せざるを得ない」という逆命題のほうが真実だと思えるのだ。
つまり、いろいろなケースを学び、それぞれの立場、理論や考えに理解を示し、許容度が上がれば上がるほど、「何が正しいか」など、とても語れなくなるのではないだろうか。

これを書きながら思い出した。

『PLUTO』(『鉄腕アトム』「地上最大のロボット」の回を原作とする浦沢直樹による漫画)の作中にて、地球上の全人類ともいえる「60億の人格」をプログラミングされた「完璧な頭脳をもつ、完全なロボット」が登場する。
しかし、その人工知能の複雑さや情報量の多さに処理能力が追い付かず、そのロボットは目覚めることができなかった(後にある方法で目覚めるのだが)。

つまり、学べば学ぶほど、知れば知るほど、賢くなればなるほど、人は語れなくなるのではないか。

確実に言えることがある。

何時の時代も、沈黙はリスクを負わず、雄弁はリスクを負うのだ。
ましてやそのテーマが生と死、罪と罰(と赦し)に及ぶなら、尚更である。

登場人物の姿を借りた著者の雄弁を賞賛したい。

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