見出し画像

異次元のホームレス

今から約35年程前、当時勤めていた漆器の卸問屋の会社の近くの公園で、ある人を見かけた。ラーメン屋の屋台を改造したような造りで、車輪が4つ付いた移動可能な、子連れ狼の拝一刀が大五郎を乗せていた乳母車よりも大きな寝床(以下:ラーメン号)を公園の脇に止め、小綺麗な白のワイシャツ、チャコールグレーのズボンに白っぽいウォーキングシューズを履いて、七三に整えられた白髪のヘアースタイルには、綺麗にくしが通されていた。どこから見てもホームレスには見えない清潔そうな男だった。体型もスラッとしていて、歳の頃はおそらく60代であったと思われる。そのラーメン号の先頭の極小スペースに彼は陣取り、NASAの宇宙ステーションで何か特別な研究の為に実験をしている様な体勢で、夕飯の準備をしていた。その極小スペース(以下:台所ステーション)の両サイドには、縦長の約30㌢×15㌢程の開口部が設けられていて、その開口部には、磨りガラス入りの引き戸が入っていた。確か季節は春頃だったか、夕飯時に40ワット程の裸電球を灯した台所ステーションで、美味しそうな天ぷらを揚げているゴマ油の音が聞こえてきた。私は、小魚の天ぷらかなぁ?と思いながら、台所ステーションを覗いた時、そのホームレス(以下:異次元さん)と目が合った。その異次元さんの眼差しはとても鋭く、若かった私は思わず彼の世界に引き込まれそうな気がした。最近では見なくなった、以前ではよくあった、ブルーシートで簡易的に造られた安易な住居ではなく、機能的に考え抜かれ又、構造的にもしっかりとした設計で外から泥棒の侵入を防ぐために施錠できるように造られていた。それから異次元さんは、犬を一匹飼っていて、近所の子供達が遊ぶ公園で散歩をさせていた。勿論、放し飼いでだが、その犬は異次元さんの言う事をよく聞く、しつけの行き届いた犬だった。そんな珍しくちゃんとしたホームレスが、世間の無情を嘆いていたかどうかは定かではないが、何れにしても、私の目には充実した人生を送っていたように見えた。

私も気がつけば、後2年足らずで真赤なチャンチャンコをAmazonで購入する歳になってしまった。半世紀以上に渡る、笑っちゃう程、たまげた修業を経て、一人の老人になろうとしているわけである。人生を振り返る余裕もなく、住宅ローン宇宙の旅のロケットに飛び乗ってから、変動金利の波に乗ってここまで生きて来た。


あの時、彼と合った公園は、もう随分と前に再開発のためになくなってしまった・・

時折、あの時のホームレスの方の事を思い出す事があります。何故だかわかりませんが、今思うと彼はあの時、人生を達観していたのかも知れない・・・

ご静聴有難うございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?