作品の振り返り「ドラゴンフラッグ」

作品詳細

2020年製作 ネーム 44ページ


製作までの経緯

ヤングジャンプに持ち込みに行ったとき「持ち込んだ作品以外に何か他に作品やアイディアはありますか?」と聞かれた。

※持ち込みに行った時の話はこちら

この時点で唯一プロットが組み終わった状態のアイディアがこのドラゴンフラッグだった。

このドラゴンフラッグ、元々40漫画賞の原稿が終わった直後にTwitterで開催された『マグコミ4ページ漫画大賞』用に描いた4ページの漫画だった。
結局受賞はできずに参加賞を頂いた。

その後マガジンデビューにも投稿した所
「4ページで収まらない内容なのできちんとしたページ数で描くべきです」との講評をいただき、ゆるゆるとアイディアを固めていたものだった。

というのを編集の方(現・担当)に伝えた所。「面白そうですね」との事。
調子に乗った僕は1週間で44ページのネーム描き上げた。

あらすじ

ドラゴンと共に歴史を歩む国『聖タラスク王国』には巨大な旗で舞い、ドラゴンと対話する『竜旗士』と呼ばれる戦士たちが仕えていた。
王都竜旗士隊の新たな隊長となった『ヴェロニカ』は新たに開発された都市に転属となる先代隊長『テラ』に隊長としての使命を伝えられ、互いの健闘を祈りつつ別れを告げる。
しかしその一か月後、都市開発により復活した伝説の邪龍『ホメロス』がテラの守る都市を焼き尽くしてしまう。
更に王都へと歩を進めるホメロス。ヴェロニカはドラゴンと人間の共生する未来に葛藤しながらもホメロス打倒に打って出る。


解説と講評

今読むとシンプルに「読みづらすぎる…」というのが率直な感想。
相変わらずセリフは多いし設定も複雑だし、本当に読切として仕上げるつもりがあるのか…。

当時はこのセリフ量こそが面白さだと本気で信じていた

実はPixivで公開しているネームは第2稿。一度「セリフを削ろう」「展開の順序を調整しよう」という事で修正している。
修正してこの感じである。如何に自分の中にある「面白く、読みやすい作品」の基準がズレていたのかがわかる。

セリフは削らなくてはならない。しかし、元々の世界観が複雑(しかもハイファンタジー)なのでそれを伝えるための語句やセリフは必要…だと思っていた。

最終的にこの作品は問題点として
・セリフが多すぎる
・世界観も複雑すぎる
・キャラが多すぎる
・「飛翔型規格A級」「第○部隊」など独自の、しかも作劇上そこまで必要ではない単語が頻出しすぎる
・この物語はこの主人公でなければ解決できなかった感。その根拠が薄い
・主人公が最終的に出す結論が弱い
・連載を見据えた時、物語が広げづらい
…が挙げられた事。

そしてこのネームを製作中に40漫画賞に応募した『花よ鳥よ』が有難いことに入賞を受賞した事によりデビューが決定し、このネームを進める意義が薄くなった事(一応新人賞に出す用ものだったらしい)でこの作品はお蔵入り。人生初のボツとなった。

『花よ鳥よ』についてはこちら
https://note.com/jimiroad2/n/neafd6b318dd8


今改めて読んだ感想だが、そもそも上述した問題点の「主人公の最終結論が弱い」という部分は当時自分も感じていたことであり、ラスト3ページ(もっと言えばホメロスを止める『もう大丈夫だよ』というメッセージ含め)非常に悩んで苦し紛れに絞りだしたものだった。

なぜそうなったのか。
それは当時の僕が「設定の意外性、奇抜さ、独自性こそが作品の面白さ」だと妄信していたからだろう。
この作品には非常に多くの聞きなれない語句と様々な立場の人間が登場する。
「ファンタジー版シン・ゴジラを作りたかった」と言えば意図したかった事が伝わるだろうか。

「旗でドラゴンと対話できるという設定」「ドラゴンをめぐる政治劇」そして「政治と信条で揺れる主人公」
一見すると面白くなりそうな設定の組み合わせにも関わらず、それをうまく生かす決定的な要素に気づかなかった。

この作品のメッセージを弱くした決定的な欠点…それは
『主人公が自分の考えを持っていない』ことだ。

17ページ目でようやく何も考えていない事に気づく主人公って…

本作は読切。しかも最終的に主人公の信念と信条が事件を解決する流れの作品であるにも関わらず主人公は中盤まで事態に飲まれ続けている。
ドラゴンと人間の関係が主題の話なのに、主人公がどういったスタンスの人間なのか不透明なまま話が進行する。

そうなんだすごいね!

中盤、主人公が人間とドラゴンの関係の大切な何かに気づくくだりがあるが、そもそも何も考えてなかった人間が何かに気づいた所で読者には全く感動的なシーンとして伝わらないし、そもそも何に気づいたのかも伝わらない。
おい岡本。お前もちゃんとわかってなかっただろ。

大事な事は全部先輩が言ってくれた。せめて主人公が言えよ

主人公がドラゴンと人間の共生関係の問題点に対して明確な考えと信念を持っていることが序盤のドラゴンに対する行動によって示される。
しかし邪龍の登場によって周囲の信念が揺らぎ始める。
主人公自身も信念が折れかけるが、序盤の主人公の信念から来る行動に救われた存在(この場合はドラゴンとかかな?)のおかげで主人公は自らの信念を再確認し、確固たるものにする。

…こんな流れであればまだ読めるものになっただろう。(元々ネームは序盤で主人公の考えや信念が提示されていないので終盤の行動やメッセージが弱くなっている)
では何故そうならなかったのか。

設定こそが面白さと妄信するが故、設定を崩すことを深層心理で拒否していたからだろう。その為に読みやすさや最も大事なテーマをダメにしてしまっている事にまだ気づく事が出来なかった。

本作品は作家として描きたいもの、プロとして商品作る事、その違いと差に悩み始める一歩目だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?