見出し画像

声は人をかたちづくる。時には主役として、時には導き手として|フリーアナウンサー 横山美和

写真:酒生哲雄写真事務所

朝の通勤時間、車のオーディオから流れてくるラジオの音。軽快な音楽とともに、爽やかな声が聞こえてくる。親しい友人の話を聴いているような、そんな気分になり、今日も一日頑張ろうと、みるみるやる気と意欲が湧いてくる。まるで、声の主の気分の高まりが伝染していくように。

「ラジオは日常のちょっとしたことがネタとして全部おもしろくなる」

ラジオのおもしろさの本質はそのひとことに尽きる。だから、心地良いのかもしれない。
あるフリーアナウンサーは仕事の奥深さを好奇心溢れる子どものように話していた。そのワクワクする姿にどれだけの人が影響されてきたのだろう。


日常は「声」とともにあり


私たちは一日のうちにあらゆるメディアからいろんな声を聴いている。テレビ、ラジオ、インターネット、街角のビジョン。世の中の出来事を伝えるもの、商品の宣伝をするもの、楽しみを提供するもの、癒しを与えるもの。発せられる声の目的も、その声が届く相手も、特定の宛先があるものもあれば、いろんな顔を持つ大衆へ向けられたものもある。

そうした声が飛び交う状況、場面、種類はたくさんあれど、変わらないことが一つだけある。それは、私たちはいつだってその声に魅了されているということだ。

宮崎においても「話す」「語る」「読む」といった声の仕事をしている人たちがいる。

フリーアナウンサーの横山美和さんもその一人だ。宮崎で暮らす人なら、その声を一度でも聞いたことがあるはずだ。

テレビ番組やコマーシャルのナレーション、ラジオパーソナリティなど、各メディア機器のスイッチを入れれば、そこかしこからその声を聞くことができる。時には親しみのある快活な声色で、時には語り聞かせるような穏やかな口調で。

それらに加え、司会業や朗読に関わる活動のほか、音楽ユニット「おんがくとおはなしの森」としてライブを開催。「声の仕事」とひとことでは括れないほど、そのフィールドは広い。

自らが中心となって話す、聞かせる仕事をするだけでなく、ここ10年ほどは話し手を育てる指導者としての活動も目立つ。これまでのレッスンの受講者は個人、グループ、講演を含めると1,000人を超える。

ホームページ案内より。マンツーマンから団体受講まで目的に合わせてレッスンの受講ができる|写真:酒生哲雄写真事務所

主宰するオンラインレッスン「みわ塾」は女性を中心に子どもから大人まで広く受講生を抱える。日本語の正しいイントネーションやアクセント、「ニホン」「ニッポン」のような状況に応じた読み方の判断など、プロの話し手として発話に関する指導や相談を行なっている。ナレーションやビジネスの現場で役立てたいと、受講生の目的も多種多様だ。とくにフリーランスで活動するナレーターたちの支持は厚く、信頼度の高さがうかがえる。

そんな美和さんはいかにして声の仕事を志したのだろうか。

恩師との出会いがキャリアを築くきっかけに

写真提供:横山美和

子どものころからよくラジオを聴いていたという美和さん。話す・声を発する仕事に興味を持つのはごく自然な流れだった。

高校入学後は友人に誘われ放送部へ入った。高校生を対象にしたコンテストで入賞を重ね、全国大会へも出場。その経歴が評価され指定校推薦枠での大学進学が決まり、東京での生活がはじまる。

コールセンターやMCなどのアルバイトを通じ、より話す仕事に興味を抱くようになるとNHKのアナウンススクールに通うことにした。ここでは恩師となる人物との重要な出会いが待ち受けていた。

担当講師となったのは寺田道雄さん。長年NHKのアナウンサーとしてニュースを読み続け、現在は朗読家として活動している。朗読指導者の顔も持ち、教えを受けた生徒は全国各地に広がっている。

ラジオの影響もあり、当時は朗読やナレーションといった自らは表舞台へ出ることなく話す活動がしたいと思っていた美和さん。大学卒業後もフリーランスとしてリポーター活動ができればと考え、「アナウンサー志望で各地のテレビ局に応募する」ような的を絞った就職活動もしていなかった。

「寺田先生には『朗読やナレーションをしたいのはわかるけれど、就職活動してアナウンサーになって数年経ってからすればいいよ』とよく諭されていました。後々その言葉の意味を噛みしめることになるのですが」(美和さん)

大学4年生になり大学院への進学も考えていたが、家庭の事情をきっかけに方針転換。アナウンス職を目指し就職活動をはじめようとするも、アナウンサー試験は2年生の冬からはじまるのが一般的だった。

「そこで寺田先生に相談して、一緒に受験できそうなオーディションを探してもらって。試験を受けて、無事に放送大学学園のアナウンサーとして採用いただきました。だいたい先生のおかげで生きています(笑)」(美和さん)

放送大学では教材番組のナレーション、講座担当の教授との対談MCなどを経験した。環境には恵まれていたが、大学教材という性質上、番組はすべて収録もの。20代のうちに生放送の現場を経験したいと考えていた矢先、たまたまUMKテレビ宮崎のアナウンサー枠の募集を見つけた。放送大学学園は2年半の勤務だったが、スタッフたちは20代のキャリア形成の大切さを熟知していたため温かく送り出してくれた。

局アナ時代に培われた話し手としての基礎


帰郷し転職したUMKではアナウンサーとして報道やバラエティ、CMや番組制作までなんでも経験した。独特のキャラ声のナレーション、県政番組から生まれたポップなキャラクター「テルミー」は人気を博し、美和さんは同局の看板アナウンサーとなっていった。

「UMKでの経験はフリーランスになってからとても役に立っています。それぞれの制作現場で必要とされることを学べましたし、正しい日本語のアクセントで話すこと、それを生放送でやり切ることに関しては相当鍛えられましたね。

宮崎のように地方で暮らしていると、普段喋っている言葉と放送上の言葉の抑揚の区別がつかないことがあります。その点、指導してくれる方々が身近にいてくださったことは助かりました。かつて寺田先生が局アナをやりなさいと言っていた理由はこういうところにあったのかなと今になって思いますね。先輩や後輩をつくって、教える・教えられる立場を経験しなさいと」(美和さん)

もちろん、独学で知識と技術を身につけてきたフリーランスもいる。ただ、誤った覚え方を身につけ、本人がそうと気づいていない場面をこれまで見てきた。アナウンサー時代の自分に先輩がいたように、フリーで活動する人たちが気軽に相談できる壁打ち相手として自身を活用してほしい。「みわ塾」の立ち上げにはそんな背景もあった。

恩師の寺田道雄さんとは今でも交流が続いている。「先生には毎回レッスンのたびに怒られるのですけれど(笑)」と、その関係性は大学時代から20年ほど経った現在でも変わらない。

寺田道雄さんのオンラインレッスンを受ける美和さん|写真提供:横山美和

声から滲み出るその人らしさ。声の世界は奥深き


自分の声や滑舌に自信のない人は多いかもしれない。上手に話せなければならないという思い込みは、話す楽しみを奪ってしまう。たとえアナウンサーやナレーターでも、その内面化された規範を外すのは難しいという。そんなとき美和さんは「原稿をはがして」と伝えるという。

「原稿を間違わないようにする読み方って、その人の声で話せていないのが相手にも伝わってきてしまうんです。だから、まず原稿を読まずに呼吸を整え、基礎レッスンに戻る。プロでも一般の方でも、言いたいことが言えていることで、自分の声や話し方をポジティブに感じられるのではないかなと思いますね」(美和さん)

話す仕事をしていくなかで、人の発する言葉、そして声そのものへと関心領域が広がっているという。

「昔からラジオを聴いていて、パーソナリティを務めるその方らしさ、その方の声質っておもしろいなと思っていました。著名人のインタビューを文字で読むのと、実際にその方が生の声で自分のことを語るのとでは感じ方が違いますよね。

たとえば、記事では知っていたつもりでも、中居正広さんは本当に『〜だべ』って言うんだ! 東京の人は本当に『マジ』をいっぱい使うんだ! と10代のころはそんな驚きがありました。今、お仕事として原稿を読むこと、MCとして人前に立つこと、朗読することも、それを行う人の声色、ひとことひとことが人間としてのおもしろさにつながる。そんなことを考えはじめています」(美和さん)

だからこそ、話すという意味では同じでも、ニュース原稿を読むときや、ナレーション、朗読では声の乗せ方が異なる。ニュースは情報がはっきりと伝わるように読み上げ、映像素材やコンサートのナレーションは脇役としてその場に添えるように。朗読では、物語の作者の筆の運びを再現するように言葉を発する。

声の仕事は奥深い。それゆえ、現在でもアナウンス、朗読、ナレーションの勉強を続けている。教える立場になっても、自らが生徒として講座に参加している。

「声の仕事に出会わせていただいて、自分が表舞台へ出るだけだったら満足していたかもしれません。だけど、教える仕事をすることで若い子たちとの出会いが無限に起きています。伝えたいことも教わることもまだまだいっぱいあります」(美和さん)

好奇心の赴くまま自分を磨き続けている美和さん。興味が尽きることは永久になさそうだ。


(取材・撮影・執筆|半田孝輔

【横山美和】
宮崎大宮高校を経て、立教大学社会学部へ進学。在学中よりフリーアナウンサーとして活動を始める。テレビ・ラジオ番組、CM等5000本以上に出演。近年はナレーターとして声の出演も多数。
“子どもから大人まで言葉で伝える楽しさを学ぶ”メソッドを独自に開発。講演・講習活動にも精力的に取組み延べ3000人が受講。
朗読と音楽のライブステージ「おはなしとおんがくの森」では全国で公演を行っている。

【横山美和 公式ホームページ】

【みわ塾】

TikTok:@miwajyuku
Instagram:@miitan78


この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?