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【無料で読めます】空が広い銭湯、宮城湯(品川区)の話

この物語はフィクションで実在の人物(特にお客さま)とは全く関係ありません。私があまりに銭湯、サウナが好きなので勝手に書いたお話です。5分で読めます。
銭湯は実在しますが個人の感想に尽きます。お店の方に依頼された訳でもありません。お店の方にお叱り、ご指摘を受ければすぐに訂正、削除します。

【最後まで無料で読めますがもし気に入っていただけたら投げ銭歓迎してます】
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タイトル:『こだわりの空気』

わたし(29)
会社員IT関連(渋谷)勤務の場合

 私にはこだわりがある。

 四週に一度の美容院でトリートメント、三週間に一度のまつエクとネイルのメンテナンス、それから、二週間に一度のここ。好きなものは、好きだから仕方ない。可愛いものは可愛い。可愛くなれるなら可愛くなりたい。

『銭湯、教えてくれてありがとう』

 休憩中にデスクで友人から来たLINEを眺めていると、何度見返しても頬が緩む。自分が好きなものを、気に入ってくれるのはやっぱり嬉しい。

「先輩って“女子力”高いですよね」

パソコン超しに新人の彼は、私に話しかける。

「聞きましたよ、今流行りの“サ活”、旦那さんと一緒にやってるんですよね?俺も“整い”たいな~」

 最近仕入れたであろう情報を駆使して彼は続けるけれど、私は彼の会話の着地点を探るために、空気を死ぬほど吸って吸って、読んで読んで、適当に受け流す。

「都内は銭湯もサウナもたくさんあるし、渋谷にだって―」
「本当、結婚してるように見えないですよね」

 私の語尾まで遮って、言いたかったのね。結婚してるようにみえない、ね。それが言いたかったの、ね。

 “女子力”の高い私は笑顔で交わす。彼の気が済んだようなので、私は旦那にLINEを送った。

『リマインド、今日は例のとこに行きます。』
 
 旦那からはすぐに『了解、そろそろ俺にも“こだわり”の、場所教えてよ』の返事。
 教えたくない。だって一緒に行ったら、私が東京の広い空を見れなくなってしまうもの。

***

 ハタハタはためく、黄色の旗が目印。入り口前に掲げられた『本日の浴室』をしっかり確認。『女』の赤い文字がしっかり上の『露天風呂』にあるのをみて安心。
 この時期はマフラーをした、たぬきがいらっしゃいませ。いつも綺麗な花壇と一緒だけれど、絶対視線を合わせてくれないおとぼけ顔はご愛敬。

 今の疲れ切った私には、階段を上がる元気はないので、エレベーター一択。
 二階の靴箱に靴をあずけて、ガラス戸をぬける。目の前にある受付前のベンチで、カバンの中をごそごそ。小さなバックだけれど、出すものが沢山ある。

「お風呂?」
「あ、サウナも入ります」
「今日は寒いもんねぇ。サウナマットいる?」

 多分、お店の人は慣れっこなんだろうけれど、私はこの優しい軽やかな会話が好き。
 私は靴の鍵、都内共通入浴回数券、スタンプカードを渡して、それからPayPayでサウナ追加代100円を支払う。お財布にも、とっても優しい。

 お店の人から、サウナの印籠、腕に着けるサウナバンドと、ロッカーのカギ。それから、まぁるい緑のたぬきのスタンプが押されたスタンプカードをお返し。サウナに入ると2ポイントゲット。

―もうすぐサウナ無料だ

***

 三階のてっぺんめざして、階段を昇って明るい脱衣所。ロッカー番号を確認して、私は“こだわり”のスパバックを取り出す。この前新調したスパバックには、美容室でもらった試供品のシャンプーとトリートメント。それに新品のハートのソープ、更にロクシタンのシャワージェルが『早く使って』と私に声をかける。
 そのお隣で、地元のお客さんたちが『今日は冷えるわね』、『おやすみなさい』とくちぐちに声をかける。
 交わされては去って、交わされては去る。次々に溢れる会話の洪水。今日も大繁盛、だって二週に一度のお楽しみ、皆考える事は同じ。

 明るくて広い八角形の台座のカランが中央に二つ、王様みたいに君臨する。なんていったって、王様だもの、風呂椅子だって普通のサイズの二倍はある、特大サイズの王座。最初は不思議に思ったけれど、左手にある浴槽側のカランと、奥の八角形のカランは台座が高いホースシャワー。
 だから椅子も高いのね。私は勿論王座を選んで、さっき『使って』と頼まれたロクシタンで身体を流す。やっぱり、王座での私の“こだわり”は可愛い。

***

 ショートケーキの苺は最後に食べたい、だからお楽しみはこの後。まずは、正面の寝湯。そっと寝転ぶ。42度の熱めの寝湯はやっぱりあつあつ。けれど、頭に丁度枕があたって、段々熱さに慣れてくる。ぶくぶく、火照る身体に気持ちよく流れる水流。目の前に広がるのは高い天井。

―この建物のつくりはどうなっているんだろう?

 寝湯から、はみ出す私のキラキラの足のジェルネイル。我ながら、やっぱり“可愛い”。冬だからこそ見えないところこそ、お洒落したい。それが私の“こだわり”。
 
 そろそろ苺を待ちきれなくて、私は起き上がり隣の露天風呂の扉を開く。

***

『東京の、タワーマンションとビル群は、どこか遠くへ大移動しました』

 そんなニュースが流れたって驚かないような空の広さ。大きな屋根のない露天風呂。外に出て一瞬ひやっとするのもつかの間。私は右手の暗闇にたたずむ、たぬき目がけて足からゆっくりチャプン。肩までつかってほっと一息。

 岩に囲まれた大きな39度の少しぬるめの天然温泉の露天風呂が、カチカチに固まった私の身体と心をトロトロに溶かしていく。
 冷たい風が顔をひんやりなでて、首から下だけはじんわりあったかくて、マジックショーみたいに、切り離されてるよう。
 岩に腕を重ねて、更にその上に顎をのっけて、こちらのたぬきにもご挨拶。たぬきだってのんびり横になって空を見てるから私も、今度は仰向けに岩に頭を乗せて、たぬきと同じ方向に目線を合わせる。

 どんどん埋まる、浴槽。出ては入り、入りは出て。入れ代わり立ち代わり。反対に、空を見上げると、ただただ、何もない、広い、広い夜。

―東京の空ってこんなに広いんだ

 この贅沢の為に私は二週に一度、ここに通う。

***

 パチパチパチ。音を鳴らすサウナストーブは、94度。ここのサウナは人が減ると一気に急上昇して、100度を超える。
 今は私と、二人の女性の合計三人。二人のうち、誰かが出て行ってしまったら、多分温度はぐんぐん上がってしまう。私は一段目の入口のそばに、持参したタオルを敷いて、心の中で二人に『出ていかないで』と念を送って静かに座る。

「今日のサウナ熱くない?」
「ここ、一人じゃ入れないもん私」

―やっぱり、皆さん同じこと思ってらっしゃる

 東京の空の下でじんわり温まった身体は、すぐに汗を猛烈噴射。ドクドク脈打つ血の流れには逆らえない。耳の奥をツンと塞がれるような熱さが到来したので、今回は“空気を読まず”、お二人には申し訳なさを感じたけれど、私はサウナを後にする。

 すぐに、サウナを出て右手にある立ちシャワーで汗を流す。
 お湯と水の両方をひねって、足首からゆっくり。ゆっくり。いきなり冷たいシャワーを全身で浴びたら、身体がびっくりしてしまうから。本当はこの後ザブンと水風呂に浸かりたいところだけれど、今日は、シャワーで十分。

 弱っている時こそ、自分に優しく、無理はしたくない。

 私は、浴室の入口の網棚に置いてきたタオルで身体を拭いて身体を包む。ペタペタ、浴室内を横切ってもう一度、扉を開けて夜空の下。
 露天風呂の左手にあるベンチに腰掛けて、一息休憩。目を閉じると、東京の空の寒さが、冷たさが、私を覆う熱をうばっていく。ぼうっとする意識。

ザァァァァァァ。

 遠くに飛ばしていた意識を引き戻されるような音。すぐそばで新幹線が通り過ぎていく音。その音は、浴室のシャワーの音と混ざって、今度は私の心をカンカン鳴らし始めた。

 これは今日が初めてじゃない。本日、二回目の音。

***

ザァァァァァァ。

―トイレの水流音で聞こえないと思っているのかな?

 私は明らかに自分の事を話題にされているのに気づいて、トイレの個室から出られずにいた。聞きたくないのに、ここで私の耳を覆うものは何もない。

『あの子、毎朝髪の毛巻いて、ネイルだってしょっちゅう変えてるんだよ』
『“結婚してる”のにまだ“モテ”意識してるのかな~?』
『今日だって、新人に“結婚してるように見えない”って言われてた』
『空気読んで、交わしてたのがマジでうける』
『そういうのが男ウケするんじゃん?』
『いいな~、私も早く結婚したいな~』

 私は便座に座って、項垂れた。成す術なし。ああ、もう面倒くさい。もう逃げたい。もう嫌だ。空気読んで何が悪い。結婚して何が悪い。

“私が稼いだお金“で“私の為”に、“可愛い”をつくって何が悪い。

***

「私たち二人でラッキーね」

 ゆっくり目を開けると、岩に腰掛けた女性に話しかけられた。ぼんやり周りを見渡すと、さっきまで賑わっていた露天風呂はいつの間にか、ベンチに座る私とその女性だけになっていた。

「さっきまで結構、人いたのにね」
「そうですね」

 咄嗟に何か返さなきゃと思ってひねり出した唯一の返事に、おふろの温度のせいで、私の顔は赤面しそう。女性は、私の事なんて何にも気にして無いようで、足をチャプチャプさせながら夜空を見上げる。

「お肌つるつるになりそうじゃない?」
「え?」
「だって温泉でしょ」

この人は、空気を―

 私はタオルをベンチに置いて、露天風呂にもう一度浸かる事にした。やっぱり目指すは、向かいのたぬき。浴槽の端から端へ、女性の前を横切っても、彼女は全く意に介さない。

 多分サウナの交互浴のルーティンではそろそろサウナに戻って、水風呂に入って―を繰り返す“べき”。
 けれどその“こだわり”は、今はいらない。何セット繰り返すより、サウナトランス味わうより、私は“今”を楽しみたくなった。

「おやすみなさい」

 たぬきの元に到着したとたん、また呆気に取られてしまった。『おやすみなさい』を私が返す前に、女性は湯気みたいにふわっと、熱気だけを連れて屋内へ戻っていった。

―羨ましいね、自由だね

 私はたぬきに話かける。たぬきと一瞬目が合ったような気がして、けれどそれは多分私の気のせいで、誰も私なんか見ていなくて、贅沢に独占できる東京の夜空の下で、私は新しい“こだわり”を、つくった。

 空気を読むのに疲れたら、この広い広い東京の空を見上げたくなったら、空気をめいっぱい肺に入れたくなったら、もう疲れきってしまったら。

 ここにきて、息継ぎをする為に、もういらないって満杯になるくらいまで、“心”が欲しがる空気を沢山吸おう。身体を芯からあっためて、お肌つるつるになりに、ここに来よう。

―だって温泉でしょ

 あの女性みたいに、私も軽やかに空気を纏いたい。

 本当はもう何度か、あつあつのサウナと湯船に入りたかったけれど、この独占した露天風呂と星の見えない東京の夜空と、『おやすみなさい』が、今日は私の心を沢山整えてくれた。

***

 受付前のベンチで、すっかりぽかぽか。ポカリを飲んでいると、旦那から写真が送られてきた。

『可愛いと思って。今度使って』

一言添えられた、新しいタオルの写真。

―あ、可愛い

 この人と結婚して良かった 。更に暖かくなる心と身体。私は受付の横に可愛いく飾られたお雛様の写真を収めて、旦那にLINEを送る。そして、もう一つ、私はこだわりを捨てた。

『今度は来週、一緒に来よう』

 その時お雛様はいないし、私は1階で露天風呂には浸かれないけれど、私には初めての1階のお風呂の楽しみがある。それから旦那にもあの、広い広い空の下で、ぽかぽかつるつる温泉と美味しい空気を味わってもらいたい。


おしまい

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【銭湯データ※公式サイトより※】

宮城湯

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■住所
東京都品川区西品川2-18-11

東急大井町線下神明駅から徒歩3分
JR京浜東北線大井町駅から徒歩15分

■営業時間
平日:15時~25時
土曜日・祝日:13時~25時
日曜日:11時~25時

※1
一階と三階の入浴施設は毎週木曜日に男湯/女湯が入れ替わります。
※2
定休日が祝日の場合は営業。(前日火曜日は振替休日):営業時間 13:00~25:00

■定休日
毎週水曜定休

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最後まで読んで頂いて、有難うございました。心からお礼申し上げます。
感想頂けたらとても嬉しいです。

【他のお話も是非宜しくお願いします】
第一湯目
薫る銭湯、金春湯(品川区)の話 
 第二湯目
色気のある銭湯、改良湯(渋谷区)の話
第三湯目
旅する銭湯、はすぬま温泉(大田区)の話
第五湯目
奏でる銭湯、妙法湯(豊島区)の話

独立した短編なので順を追わずでも、どのお話からでも読めます。
記載されている情報は記事公開時のものです。
銭湯の湯、水風呂、サウナの温度は多少の誤差がある可能性があります。銭湯のマナーやサウナの入り方はお店それそれぞれなので、お店に関する正確な情報は個人でお確かめください。
このnoteに関するお問い合わせはお店の方ではなく、私にしてください。
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