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Vicente Carillo カニサレスモデル スペシャル ネグラ

Vicente Carilloのカニサレスモデル。
アランフェス協奏曲を弾くためにカニサレスさんとビセンテさんでタッグを組み開発した、特別なフラメンコギターだと聞いていた。
お二人が妥協なしのやりとりを続け、時には不可能と思えるような難題を乗り越えて、試行錯誤の末に完成させた唯一無二のギターだという。
そのビセンテさんが僕のためにスペシャル仕様のカニサレスモデルを作ってくださる、というお話をいただいたのは2023年の秋頃のことだった。願ってもない光栄なお話に心躍らせながら、ビセンテさんとギターの細かい仕様について電話で相談した。

フラメンコギターでありながらクラシック的な表現を可能にしたカニサレスモデルの特性を最大限に享受できるよう、僕はローズウッドを選んだ。いわゆる「黒」のギター。
さらに表板はよりクラシカルなニュアンスのある杉をチョイス。弦長は自分の手のサイズに合った650mmでお願いをした。

その後待つこと半年。
とうとう僕の元へ届いたこのギターの素晴らしさは、想像を遥かに超えるものだった。


触れた瞬間、まず音の迫力に圧倒された。
ボディの深いところから豊かに鳴っている。
音量と深みと色艶。感度と表現力の幅。広がりと芯の強さ。
どれもが規格外だった。

高音は煌びやかさとともに、クラシック的などっしりした包容力を備えている。大人の色香を感じさせながらも、歯切れはよく、奥の方に危険な刃を隠し持っている気配を感じた。

低音はがっしりと重厚。それでいてラスゲアードにも即座に反応してくれる。木の温かさと同時にメタリックな響きもあり、カンテ伴奏にも無理なく対応できそうだ。

まさしくクラシックギターの表現力を持った、極上のフラメンコギター。
感じたことのなかった手応えに興奮し、手にしてから数日間、時間も忘れて弾き倒してしまった。

あの日から僕の毎日の練習は、このギターを手に取るところから始まることになった。
タッチへの敏感な反応は他では得られないもので、例えば指の角度や関節の緩めかた、爪の長さといった細かい違いに即座に応えてくれる。言い換えると、いい加減な弾き方をすればいやというほど自分の甘さを音で返してくる。まるで新しいマエストロを得たような感覚で、自分のタッチを1から見直さずにはいられなかった。



そしてこのギターが持つ新しい可能性について。

考えてみれば、僕はいつもフラメンコギターの抱えるジレンマに悩まされていた。それは楽器の方向性を、常に「単音弾き」か「ラスゲアード(かき鳴らし)」のどちらかを選んで照準を合わせなければいけない、ということだった。一方を選べばもう一方は後回しにされてしまう。

単音弾きに説得力を持たせようとすれば、楽器は全体に張りを強く、音質を太くする方向に傾く。1音1音の表現力、表情の豊かさを得る代わりに、かき鳴らしは犠牲にされることになる。張りの強いギターを無理にかき鳴らそうとすれば、手はギターに拒まれてはじき返される。

逆にラスゲアードに照準を合わせようとすると、ギターは打楽器的な傾向がどんどん強くなっていく。そこで求められるのはキレの良さ、レスポンスの素早さ、扱いやすさ、乾いた音。
結果、リズム、グルーブに特化する反面、単音弾きになった途端に音量も説得力も落ちてしまう。演奏もじっくり音色や旋律を聴かせるよりも、音数とスピードで間を埋める傾向となる。

言い換えればフラメンコギターはいつも、クラシック的な表現と、打楽器的な表現のせめぎ合いの中にいるのではないだろうか。(これはあくまでも僕の主観です。)

このギターは、こうしたジレンマに対する一つの回答かもしれない。

これからの僕のスタイルにも大きな良い影響を与えてくれそうなこのギター。
貴重な機会をくださったカニサレスさんとMARIKOさん、株式会社SIEの皆さん、そしてビセンテ・カリージョさんにこの場を借りて改めて御礼申し上げます。

コンサートでの使用とともに、このギターを使った演奏動画なども、追って公開しようと思う。


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