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雨と宝石の魔法使い 第十三話 傘(ピエール・オーギュスト・ルノワール) 後編

ピエールとルルの二人はカフェを出てセーヌ川に向かった。雨はまだ降っている。幾分弱まっただろうか。

「ピエールよ、どこに行きたいんだ?」
「ああ、まぁ特に決まった場所があると言うわけではないのだが、とりあえずリュクサンブール公園まで行こう」

「いいだろう」
ピエールとルルはルーヴルまで出ると西に小さな道を歩いた。すぐ奥に公園の柵が見える。そこに少女が倒れている。駆け寄るルル。
「どうした?」
「う、うう…」
お腹を抑える少女」
ピエールも背後から少女を覗き込む。しかしその顔がぞっとするほど美しい。状況を忘れてピエールは彼女に見惚れていた。

「ち、仕方ない」
ルルはそう言うとボソボソと何事かを呟くと、人差し指を少女が痛がる場所に当てた。
ボヤッとその辺りが光ったかと思うと少女の顔色は血の気が帯び、閉じていた目を開けた。

「もう大丈夫だ」
「知らないおじさんがやってきて、話しかけられて、そしたら急に目の前が熱くなって、そしたら胸が苦しくなって、その後は覚えてないの…」
「熱く…」
ルルは何事か考え込んだ。少し離れたところにフラフープが落ちている。きっとこれで遊んでいたのだろう。
ピエールはそのフラフープを取り少女に渡した。

「ありがとう、ムッシュ」
少女はフラフープを受け取るとそれをくるくると回しながら公園に駆けていった。トラウマなどにはなっていないようだ。

そして、一度こちらを振り向いて、ニコっと笑いながら手を振る。それがなんとも愛くるしかった。

「しかし、まさかまだあいつがいるのか…」
ルルは独りごちた。
「どうしたルル?」
「いや、こっちの話だ。しかし、少し気をつけるとしよう」
ルルは傘を少し持ち上げ空を睨んだ。

二人はリュクサンブール公園に着くと、何をするでもなくゆっくりと園内を歩いた。
だが、公園の真ん中でこちらを見て佇む男がいる。ただならぬ雰囲気だ。

「ルル?」
「少し離れていてくれピエール」
ピエールはルルの顔が真剣なのを、見て後退りした。おそらくあの男が絡んでいるんだろう。

「まだいたのかこのクズが」
「その言い草は無いだろう。あれだけこっぴどくやっておいて」
「ふん、蹴っただけだろう。痛くもないはずだ」
「お前に蹴られた場合は別だ」
「それで何の用だ。関係のない者たちを巻き込むなと言っているだろう」
「お前の気を引くためさ。健気だろ?」
「本当に情けないな」
ルルはため息をつく。そして、そのまま何事かを呟くと、雨が強くなり、男のところに滝のような雨、というより水が降り注ぐ。

「待て待て、今日は何かをする気じゃないさ」
炎に包まれた男は慌てて水を避ける。
「では何の用だ?」
「ビスマルクとは縁を切ったさ。それを伝えにな。俺はこの後ノームを追ってみるさ」
「やめておけ。行くだけ無駄だぞ。どこにいるか知らんがな」
「よく言うぜ。貴様も探しているんだろ?なんなら殺して力を奪うんだろ?」
「どーいう意味だ?」
「隠さなくていい、またな。奥のルノワールとか言うオッサンと宜しくやりな」
そう言うと、男は光に包まれ見えなくなった。一方でピエールの靴が熱くなったかと思うと靴底に火がついた。

「う。うわ!」
「チッ」
ルルは人差し指と中指をピエールの靴底に向け、何事か呟くと、その火が消えた。
「小賢しいマネを…」

「ルル、今のは一体?」
「よくわからんな。まぁ忘れよう」
「あ、あぁ」
狐につままれたような顔のピエール。

「雨も止んだようだぞ」
ルルは傘を折り畳み、空を見上げる。
眩しそうに目を細める。雲間から抜けた光がルルに当たり、神々しくその横顔が輝く。
ピエールはその姿にしばし見惚れた。まるで天使だ。

気がつくとメモ帳を取り出し、素早く鉛筆を動かしていた。

「おい、シャンパンでも飲むか?それとオイスターも食べたいな」
空を見ながらルルが問いかける。
ピエールは答えない。


「聞いてるのか?」
ルルはピエールに振り返る。ピエールは慌てて手帳を胸にしまう。
「あ、ああ。ではシャンゼリゼに出るとしよう」
「あの辺は高いけどな」
「違いない」
二人は笑い、リュクサンブール公園を出てゆく。街の人が皆空を見上げ、傘を畳み始めていた。

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続く。



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