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雨と宝石の魔法使い 第七話 図書泥棒ー中編2

1週間後。あれから露露ちゃんは本当に姿を現さなくなった。もう会えないのだろうか…心にぽっかりと穴が空いたようだ。

今日は一週間ぶりの龍ヶ崎先生の講義だ。
僕は教室に着くと鞄を置いてペットボトルのお茶を飲んだ。

あれ、あの一番奥にいるの露露ちゃんじゃないか?僕は大教室の奥に座るどう見ても露露ちゃんであろう女の子を発見した。

露露ちゃんめ僕に劣らず変装下手だ。あの特徴的な青い目が出てしまっている。僕は眼鏡を持って露露ちゃんの席に行って眼鏡を渡した。露露は驚いて顔を上げたが、僕の意図を理解したようで、眼鏡をかけて静かにしている。

龍ヶ崎先生が入ってくる。取り巻きの黄色い声があがる。それが、静まったところでよく通る声で講義が始まった。

今日はの講義はギリシャの都市形態ポリスの話だった。ポリスが、造られた背景、どのような人物がかかわったのか。そこではどのような生活が、研究が行われたか。段々と話は熱を帯びてきた。

生徒は皆必死に龍ヶ崎先生の話を一言も漏らすまいと食い入っている。

さて、ここで、あるおとぎ話を話します。アリストテレスはプラトンを師匠に持つ大哲学者でしたが、彼のプライベートについてはあまり語られていません。ここから話すのは彼が体験した不思議な話です。嘘とも本当とも言われています。
彼は一旦言葉を切って、周りを見回した。

アリストテレスは哲学者として有名になる前、アテネで医者をしていました。博識でしたから、いろいろな分野の知識に長けており、その中で医術も薬の知識もありました。

同じ頃、ペロポネソス半島に絶世の美女がいるという噂がありました。彼女の名はルルーシュ・リンデリウム・ペロポネソス。王族の娘でした。

彼女の容姿は世界中に知れわたっており、求婚の話が絶えずありました。当の本人は恋愛にはあまり興味がなく、どちらかというと学問に興味があったそうです。彼女も博識で、占星術や地質学に深い造詣がありました。

ある夏の日、彼女は一家でミコノス島を訪れていました。彼女は姉と共に海水浴を楽しんでいましたが、その途中で溺れてしまう事故に遭いました。

なんとか一命を取り留めたのですが、それ以降頭がぼんやりするようになり、急な頭痛にも悩まされました。頭の中に水が溜まっているような感覚が取れませんでした。

その後も回復が遅く、徐々に部屋に篭る時間が長くなっていったそうです。また眠っている時間も長くなり、ついには起きている時間がほとんどなくなってしまいました。

いつの日からか、気がつくともう三ヶ月も眠ったままになってしまいました。父は町のあらゆる医者に診せましたが原因はわかりませんでした。

そこで、父は当時最も発展していたアテネに行き、良い医者を探しました。そこに聞こえてきたのがアリストテレスでした。医者としてはそこまで有名ではありませんでしたが、全方位において博識である彼に相談し、診てもらうという約束を取り付けたのです。

父は眠ったままのルルーシュを連れてアリストテレスの家に行きました。
アリストテレスは、ルルーシュを見て、その容姿の淡麗さ、そして眠り続けているその神秘性に心惹かれました。以後、いろいろな方法で彼女を呼びかけましたが、反応はありませんでした。

毎日毎日アリストテレスはルルーシュに呼びかけました。しかし、反応はなく、アリストテレスは途方に暮れていました。

***

ルルーシュは、海底を歩いていました。海底は暗く1メートル先すらぼんやりとしか見えません。なぜ自分が海底を歩いているのかわかりませんが、不思議と苦しくありませんでした。

前に進むことも辛くありませんでした。次第に海底に目が慣れ1メートル先ぐらいまでなら良く見えるようになっていきました。

海底にはいろいろな生き物がいました。大きなもの、小さなもの、目がないもの、足がたくさんあるもの、光るもの、群れをなすものなどです。
ある時ぼおっと青い光が遠くに見えました。ルルーシュはもしかしたら海面なのではと思いその方向に歩いて行きました。しかし、なかなか近くなりません。

背後からとてもとても大きな鯨がルルーシュの横を通り抜けて行きました。と思ったら数万の小さな魚の群れがルルーシュを通り抜けていきました。それを追って中ぐらいの魚が通り過ぎていきました。足元には無数の小さな蟹がいて、それを食べる鯰のような魚もいました。しかし、ルルーシュには見向きもしません。

訝しんでいると、上の方からルルーシュを呼ぶ声が聞こえてきました。切実な声です。
ルルーシュは上を見ましたが何も見えません。しばらくするとたその声はなくなり再び静かになりました。

その後数間、いや、数日後でしょうか、またルルーシュを呼ぶ声が聞こえてきました。今度は優しい声です。でもどちらの方から呼ばれているのか分かりません。

仕方がないのでルルーシュは青い光の方に更に歩きました。

ヤドカリの群れが足元にたくさんおり、それを食べるナマズのような魚が通り過ぎました。
やはり皆ルルーシュには目もくれません。

再び上からルルーシュを呼ぶ声が聞こえてきます。でも、どこにいるのかわかりません。優しそうな声です。ルルーシュは、その人に会いたいと思いました。

ルルーシュはひたすら歩き続け、ようやくその青い光に辿り着きました。ぼぉっと青く輝くその光はとても大きく、でも海面の上の太陽ではありませんでした。

がっかりしたルルーシュの前で、その光は突然明滅しました。
ルルーシュはびっくりして尻餅をつきました。
それを見た、何者かの大きな笑い声が炸裂しました。

「助かりたいか?」
その大きな声がルルーシュに聞いてきました。どちらかと言うと頭の中に直接響く声でした。上から呼びかける声とは違っていてルルーシュは幾分がっかりしました。

ルルーシュは助かりたいのか助かりたくないのかよくわかりませんでしたが、なんとなくここにはずっといたくないと思い、そういう意味では助かりたいと思いました。

「はい」
ルルーシュは答えました。

「あいわかった。素直でよい」
よく見るとその光は大きな大きな何者かの眼でした。明滅したのは瞬きでした。身体は奥の方まで見えませんがとてもとても、先程のクジラよりももっともっと大きそうです。まるで古代の竜のようだと思いました。

「では、そなたを元のところに返してやろう。ただし、そこで目覚めるには代償が必要だ。それでも良いか?」
「はい」
よくわかりませんが助かるなら仕方のないことだと感じました。

「では」
そう言うと竜のようなものは大きな口を開け、ルルーシュを一気に吸い込みました。あっという間の出来事でした。

そして、ルルーシュは目が覚めたのです。そばには後に師匠となるアリストテレスが心配そうな顔でおりました。

「おお!目が覚めたか!良かった!」
ルルーシュはそばにいる男性が誰かはわかりませんでしたが、あの声はこの人だったのかと思いました。とにかく助かった、戻ってこれたのだと思いました。頭の中にあった水に霞んだ意識が、気がつくとスッキリとしていました。

「私は夢を見ていたわ。長い長い夢。海の竜がいた。痛たた…」
海の竜を思い出すとお尻が痛くなるのでした。そして、あの出来事は夢ではなかった気がしてきました。

「そうか、とにかく良かったルルーシュ」
アリストテレスは言いました。

その夜、一人になってから、鏡を見ると、もともと青かった自分の眼があの竜のように青く光っていました。それから、水道で手を洗うとなぜか水が自分の思うように動く気がしました。いや動かせるようになっていたのです。蛇口を捻らずとも水が止まり、思っただけで水が出てきました。しかし、これは誰にも言ってはいけない気がしました。

代償というのはこのことかしら…ルルーシュは考えましたが答えはでませんでした。

***

「さて、今日はここまでにしておこうか。長くなるからね。続きは来週」

龍ヶ崎先生は持っていた本をパタンと閉じ、カバンに入れた。
僕はその音で我に帰った。話に引き込まれていた。

彼はいつも通り取り巻きを従えて教室から出て行った。一瞬露露ちゃんの方を見た気がしたが、首を傾げ出て行ってしまった。

僕は彼がいなくなったあと、変相した露露ちゃんのところに行った。
ものすごい憎悪の眼差しで龍ヶ崎が立っていた辺りを睨んでいる。
「おい、小僧、行くぞ。ついて来い」
「え、あ、はい」
綱は露露について教室を出て行った。今の露露は水の衣をまとっているような、そんな雰囲気があった。

露露…
ルル…
ルルーシュ…
綱は背中が寒くなるのを感じた。

続く。

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