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うなずきマン

富山県に宇奈月温泉というのがあるが行ったことはない。もちろん温泉は好きなので一度は行ってみたい。でも今日の話はうなずきといっても温泉ではない。講師の話にうなずくという話である。

月に1回くらい講義の収録に出かける。わたしが講義するのではない。先生のお話をビデオカメラで撮影するのである。
これがなかなかの機材の量になる。カメラのほかに照明やマイク、モニターなども持っていく。さらに最近はプロンプターが重宝している。プロンプターとはテレビのアナウンサーがカメラの前に置いて原稿を読むあれである。
講義の収録で使うプロンプターには原稿が流れるわけではない。講師が準備したパワーポイントのスライド画面が表示される。先生はそれを見ながら講義する。
カメラのレンズはプロンプターのガラスの向こうに隠れているので講師からは見えない。講師はご自分が準備してきたスライドに集中すればいい。レンズを意識する必要はない。必要はないというかそもそもどこにレンズがあるのかも見えない。
これが割合に役に立っている。
講師に無駄な緊張感を強いないのがいい。だってレンズに向かって話すなんて嫌でしょう。いやとても好きだという人もいるかもしれないがわたしは嫌である。アナウンサーやタレントがレンズに向かってニコニコ話しているのは仕事だからやっているのだと思っている。仕事でもないのにカメラに向かってニヤニヤ話しているのは気味が悪いと思わないか。そう若いやつに訊いたら、いや別に、とか言っていた。そうか、すまん。Z世代には素直に従うのが時代のモラルである。
何の話だっけ。
そうだプロンプターだ。
あれはいいよ。喜ばれる。講師に。
「話しやすかった」と言われる。
ご自分が準備してきたスライドに向かって話すのだから話しやすいに決まっていると思うが、それだけではなくて、カメラを意識せずに話せたということもあるように感じる。なので最近は講義収録にプロンプターは欠かせない道具となっている。
プロンプターのサイズも大きくなった。
最初はiPadを反射させるポータブルタイプのプロンプターを持ち込んでいたが最近は24インチのディスプレイを反射するタイプにしている。大きい。それだけスライドも大きく映せるので講師の先生にとっても見やすくなっている。でも持ち運びはちょっとたいへんだ。透過ガラスは割れないように別のケースにしまう。現場まではタクシーで往復することが多いのだがトランクには載せず後部座席に立てかけておく。偉そうなガラスである。後部座席で「おう」とか言いそうである。いや言うわけがない。

だがプロンプターのほかに講師の集中力を切らさない武器がもう一つある。それが「うなずきマン」である。講師の話を真剣に聴き、うなずくひとである。
講義のビデオ収録というのは講師にとってはなかなかに孤独を感じる仕事である。現場にはカメラマンやプロデューサーなどがいるが、話し始めたら誰も助けてくれない。教室や講演会と違って聴衆がいないのでウケているのかどうかもわからない。べつにウケを狙っているわけではないかもしれないが、とにかく反応はない。
そういうときに「うなずきマン」が必要になる。話す内容やリズムに合わせてリアクションを送るのが役割だ。
講師はプロンプターを見ながら話しているので「うなずきマン」がはっきり見えるわけではない。視野の周辺で何となく感じている。だからリアクションは少し大袈裟にする必要がある。アゴだけでうなずくのでは足りず、肩を揺らしてうなずく必要がある。
で、それはたいていカメラマンの役割である。プロンプターの真後ろに立っている奴がうなずくのがいちばんいい。
「今日は話しやすかった」と言ってもらうのがカメラマンの仕事である。そう言ってもらうためにカメラマンは「うなずきマン」にもなる。
「うなずきマン」はカメラが回り始めたら講師の話にすべて同意する熱い身振りをみせなくてはならない。知らない術語や専門的な用語であっても構わない。ある程度は想像もまじえて話を理解しよう。大事なのは講師のテンションが下がらないようにすることである。
誰だって自分の話に肩を揺らしてうなずいてくれたら心強いだろう。孤独な現場に必要なのはそういうリアクションをする人間である。

簡単にまとめると、講師の緊張を帳消しにするのがプロンプターで、孤独感を解消するのが「うなずきマン」である。どちらも講師にのびのびとした気持ちで講義をしてもらうためである。
いまのところ講義収録の仕事ではその2つがとても大事だと思っている。

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