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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】大阪のラブドール電車貸切イベント

ドールたちと列車旅へ


 近年、ラブドールを購入してから、そのポートレート写真を撮る人たちが増えている。これらの写真は、SNSにアップされているので、目にすることも多くなっていることだろう。一昔前かに比べると、等身大人形を取り巻く世界は身近になった。そんな中、水間鉄道(本社:大阪府貝塚市)で〝前代未聞〟のイベントが行われた。タイトルは、

『ローカル線に協力しよう 電車1両貸し切り 電車で遊ぼう企画』

 イベントの主催者は、ラブドールなどの等身大人形界隈で知られるケロロさん。

カメラを構えるケロロさん


 今回のイベントは、車両1両をまるっと貸し切って〝ラブドールなどと列車旅を楽しもう〟というもの。午前9時頃、始発駅となる貝塚駅に車いすに乗せられたラブドールが集まってくると、周囲の景色は華やかになった。電車に乗るためにやって来たおばあちゃんは、「これお人形さん? すごく可愛いわね〜。キレイなお洋服を着させてもらっているわぁ〜」などと言いながらドールを見つめている。そして、〝貸し切り列車〟が駅に入って来ると、一般のお客さんも等身大の人形に目を向けている。始めて見る光景なのだろう。電車の出発は、午前10時20分。2両編成のうちの後部車両が貸し切りになっていた。

路線距離わずか5.5キロというローカル線
車両には看板も掲げられた

 この日は、日曜日ということもあって、ホームはほんわかとした空気に包まれている。そんな中、人形愛好家さんたちは、同社の社員さんから特別の切符を手渡されて電車に乗ると、ラブドールや小さなお人形さんたちのセッティングを始めた。席は自由席。どこに座らせてもいい。ポージングを調整したり、身だしなみを整えたりして、スタイリングを決めていく。その手つきは慣れたものだ。一通り写真を撮ると、撮影場所を変えたり、ポージングを変えたりしている人もいる。細かなところまで気を配ったりもしているのだ。こんなときは、様々なシチュエーションで写真を撮っておきたい。参加者の中には、普段から公園などの屋外で写真を撮っている人もいる。テンポも早い。

人形愛好家の皆さんがこの日のために集まる
ポジションを決めたら撮影開始!


 電車が走り始めると、社内の雰囲気も一変する。両サイドの窓から光が入ってくるので、ドールの表情も豊かになってくる。ドールさんたちも嬉しそうで、列車旅を満喫しているのが分かる。愛好者の中には、自分のドールの晴れ姿を撮った後に他の方のドールを撮ってあげている人もいる。交流会ならではの光景だろう。今回は、貸し切りということもあって、他のお客さんに迷惑をかけることもない。復路では、ひとつのシートにドールを並べて〝全員集合〟となった。

 今回、〝貸し切り列車〟が走ったのは、貝塚駅から水間観音駅間(往復)。片道15分あまりの道のりだ。2両編成の間にある幌の向こう側には、同社の社員が立って、一般のお客さんが貸し切り車両に入らないようにしていた。人形愛好家の方々にとっても一般のお客さんにとっても〝安心のできる〟空間が作られていた。

普段ではありえないシュチュエーションに、ラブドール愛好家の皆さんたちはおおいにイベントを楽しんだ


 「コロナ前は、ドールーオーナーさんが集まるオフ会のようなイベントが行われていたのですが、コロナによってそれもできなくなっていました。イベントは、ドールオーナーの人たちが集まって楽しむようなものです。今回は、コロナも収まってきたので、やっと開催できることになりました。ちょっとしたご縁があって、私が水間鉄道さんと繋がることができたんですね。普段、オーナーの方々は、人の多いところにドールを持って行って、等身大人形の写真を撮るということはないんですよね。周りの人たちにご迷惑がかかってはいけないので、撮影場所の選定については、とても慎重なんです。今回のように鉄道会社さんの方に許可をとってやることのメリットは、誰にも迷惑をかけず、かつオープンな感じで撮影ができるということだと思うんですよ〜」(ケロロさん)

すらったと何体ものラブドールが座席に並ぶ
イベントは実際に電車が走る形で開催

「それから、大切なことがあるんですけど、このような催しを開催することによって、鉄道会社さんに少しでも金銭的な面で協力できると思うんです。そのようなことから、知り合いのオーナーさんに呼びかけをしました。愛好家の方々もそれに応えてくれたのが嬉しいです。7名の方に参加してもらっています。それで、貸し切りの料金も良心的なものなんですよ。(今回、車両に掲示させていただいた)ヘッドマークは宝のようなものです。ラブドールは、性的な目的としても作られているものであるのですが、ドレスアップしてあげることによって、愛くるしく見えるようになるんです。実際、カワイイですよね。一般の人たちにも知ってもらいたいと思います。このようなイベントを許可してくれた水間鉄道さんにも感謝しています」(ケロロさん)

 水間鉄道は、大正時代に水間観音への参詣鉄道として敷設された路線だ。長い歴史の中でも〝ラブドール貸し切り列車〟が走るのは初めてのことになる。今回、人形愛好家さんたちとラブドールが乗ったのは、東急電鉄からやって来た7000系という車両で、ステンレス製ではあるが、昭和の時代に製造されたものになる。車内のシートは黄色で、そこからは〝昭和の香り〟も感じられる。ヘッドマークがつけられていたのは、貝塚駅側の先頭車両部分。これは、人形愛好家としても嬉しい限りだろう。近年、同社では、今回のような〝貸し切り列車〟を運行している。経営的にも厳しい状況に立たされている地方ローカル線を存続させるためには、様々な形で知恵を出していかなければならない。

 この日、ケロロさんの呼びかけで集まったのは、関西圏に住む人形愛好家さんたちで、ラブドールは、オリエント工業制のものや中国製のものなどが結集した。イベントは、終着駅での折り返しの時間も含めて1時間あまりのものだったが、ラブドールを始めて見たお客さんたちも好意的に受け入れてくれていたのも良かった。等身大人形愛好家の人たちにとっても、ドールさんたちにとっても、晴れやかな一日になった。

著者◎酒井透(サカイトオル) 
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。

https://twitter.com/toru_sakai