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不良中年必見! 今更聞けない「アウトロームービー」超入門

何かと息苦しさを感じる今、激しく生き抜く男たちを描いたギャング映画を見て我々は何を感じるのか。面倒臭い事なしに、モヤついた気分を吹き飛ばす名作を紹介したい。


胸躍るアンチヒーロー

 とかく生き辛い世の中である。コンプラだらけのこんな時代だからこそ、声に出して読みたい日本語がある。
「ワシら美味いもん喰って、 マブい女抱くために生まれてきたんじゃァないの! ゼニのために身体張ろうってのがどこが悪いの、オウ?」
 ご存知『仁義なき戦い 広島死闘編』で、狂犬・大友を演じる千葉真一が吠えた名ゼリフである。コンプラ無視どころではない。ベットベトに汗でギラつき、目は血走った千葉ちゃんの顔面がすでにして法令を遵守していない。
 だがそもそも『仁義なき戦い』がヒットした理由もそこにある。オロオロと保身ばかり考え、絵を描いて子分を抗争させ、自分だけ助かるように仕向ける。そんなクソ親分に「神輿が勝手に歩ける言うんなら歩いてみないや! オウ?」と血みどろの復讐劇に突入していく若きヤクザたち。矛盾にまみれた現実を前に、暴力という手段でのし上がっていく。そんなアンチヒーローに胸躍らせるのは、時代がうつりかわろうと、いや、こんな時代だからこそ必要とされるヒーロー像なのかもしれない。
 ヤクザが「ギャング」と呼ばれる海外でも事態はかわらない。まずは地球の裏側、ブラジル原産の『シティ・オブ・ゴッド』を紹介しよう。


『シティ・オブ・ゴッド』(02年)
60年代のブラジル、首都リオのスラム街を舞台に少年ギャングの半生を描いた作品。


 この作品が世界に衝撃をあたえたのは、銃をブッ放して激しい抗争を繰り広げるのが、年端もいかないストリートキッズだったことだ。しかも役者として起用されたのが、現実にファベーラで育った少年たち。「成人をむかえる前に、多くの若者が抗争で殺されてしまう」という過酷な現実が、徹底したリアリズムで描かれる。


イタリア映画『ゴモラ』では、さらにハードコアな現実が待っている。


『ゴモラ』(08年)
イタリア・ナポリを拠点に、かつてのマフィアをはるかに凌ぐ権力と経済力を誇る犯罪組織「カモッラ」の暗部を描き出す。公開後に出演俳優が指名手配中の「カモッラ」の一員として逮捕される最高のオチがついた


 ナポリに拠点をおく地下組織「カモッラ」の実態を描いた作品だが、この作品では『ゴッドファーザー』のような優雅なマフィア美学など皆無。麻薬、産廃、虫けらのように殺される人間たち。「過去30年で4000人の命を奪った」という組織のタブーを暴いた原作者は、公開後に組織に命を狙われ、国外脱出せざるをえなくなったという。公開後にヤクザに脅迫されたという『仁義』シリーズの逸話さえかすんでしまうエピソードだ。


『憎しみ』もシャンゼリゼでクロワッサンなおフランスなイメージからは、遠くへだたったギャング映画である。


『憎しみ LA HAIME』(95年)
パリ郊外の低所得者が暮らす団地“バンリュー”。ある夜に起きた暴動事件をきっかけに、銃を手にした3人の若者たちの24時間を描く。多民族、差別、格差と問題を抱えるフランスの底辺の描写が生々しい


 舞台はパリ郊外の移民団地。アラブ系の少年が職質中の人種差別によって暴行され、鬱屈していた若者の怒りに火がつくーーと書けば、警察官による少年の射殺事件をきっかけに、現在パリで巻き起こっている移民による暴動を想起させもしよう。だが公開年は1995年。30年近く前に現代社会を予見していた傑作である。

『憎しみ』のようにひりついたリアルを描くギャング映画もあれば、その逆もまた真なり。まるで作り話としか思えないほどの異様な現実を描いたドキュメンタリー映画もある。


 メキシコ映画の『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』。


『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(13年)
政府と麻薬カルテルとの内戦で年間2万人の死者が出るメキシコ。麻薬カルテルの讃歌を歌い人気を集める歌手と、街を守ろうと奮闘する警察官らの姿を通し、麻薬戦争の光と影を浮き彫りにするドキュメンタリー


 年間3000人を超す殺人事件が起きる“世界で一番危険な街”で、カメラに映し出されるのは、覆面をかぶってうろつくギャングーーではなく、殺人事件を捜査する警察官たち。彼らの同僚は麻薬カルテルに顔バレし、1年間で4人殺されてしまったのだ。民衆も政府より麻薬カルテルを支持し、街では「手にはAK-47 肩にはバズーカ 邪魔する奴は吹っ飛ばす」とマフィア賛美の歌が流行する。悪夢でしかないパラレルワールドである。


『アクト・オブ・キリング』はさらに悪夢度500%のドキュメンタリーである。

『アクト・オブ・キリング』(12年)
60年代にインドネシアで起きた共産主義者の大規模な虐殺。処刑を執行したギャングの老人に「あなたが行った虐殺をもう一度演じてみませんか?」と持ちかけ、本当の悪とは何かを問うドキュメンタリー



 ストーリーの核となるのは、インドネシアで60年代に実際行われた100万人規模の大虐殺である。そして恐ろしいことに、撮影クルーが取材するのは被害者サイドではなく、「アル・パチーノを真似して、共産主義者たちの針金で首を絞めてやったぜ!」と国から虐殺を請け負ったギャングたちなのだ。この映画がエグいのは「あなたたちの英雄行為を映画に撮りたいんです!」とギャングたちを騙し、彼らを役者としてかつての虐殺行為をカメラの前で再現させることにある。演じてるうちにふっと笑顔が消え、自分が手を汚した行為のおぞましさに気づき、恐怖に歪んでいくギャングたちの顔。観客はその瞬間、タイトルの意味をあらためて思い知ることになる。

 暴力や貧困に支配された現実の中で、もがき苦しみながら生き抜いていく人間の姿を描いた作品もある。


『ボーイズ'ン・ザ・フッド』と『ブラッド・イン ブラッド・アウト』の2本は、ともに犯罪都市ロサンゼルスを舞台に、3人の少年を主人公にした映画だ。


『ボーイズ'ン・ザ・フッド』(91年)
舞台はストリートギャング全盛期のロサンゼルス。監督ジョン・シングルトンの実体験を元に、道に死体が日常的に転がるゲットーに生まれ、将来を夢見ながら犯罪に巻き込まれていく黒人少年たちの青春を描く


『ブラッド・イン・ブラッド・アウト』(93年)
ロスのヒスパニック系居住区を舞台に、血の束縛から逃れようとする3人のメキシコ系アメリカ人の青春を描く。実際の囚人をキャストに起用した刑務所のシーンが、重厚な物語にさらなるヘヴィーさを醸し出す



 毛色がちがうのは『ボーイズ'ン』はサウス・セントラルの黒人ギャング、『ブラッド』がイーストLAの「チカーノ」と呼ばれるメキシコ系ギャングを題材にしている点である。出口のない現実から脱出するため、少年たちはギャングの世界に救いを見出して飛びこみ、そしてまた暴力の無限スパイラルに巻きこまれていく。「アメリカの黒人は20人に1人が殺人事件で死ぬ。その大半は同じ黒人によって殺されるのだ」という『ボーイズ'ン』の冒頭のナレーションは、『ブラッド・イン ブラッド・アウト』、つまり「血のつながりを得る為に、血を流す」というテーマと表裏一体なのである。それでも両作品の青年たちは、血にまみれながら成長し、銃を置いてあらたな道を歩き出していく。

 その後ろ姿に涙を流すのもいいが、とかく重くなりがちなのがギャング映画の欠点でもある。スカッとしたい人におすすめなのが、役所広司主演の『シャブ極道』だ。


『シャブ極道』(96年)
酒は一滴も飲めないくせに、シャブには目がないヤクザの破天荒な生き様を役所広司が怪演。シャブローションセックスなどの覚醒剤描写の多さから、映倫が問答無用で成人指定をつけたという伝説がすべてを物語る



「人間はな、シャブで幸せになれるんや!」と塩のかわりにスイカにシャブをぶっかけムシャぶりつくヤクザの姿は、あまりにも有名な爆笑シーンである。
 が、それでもまだ構造的欠陥がある。ギャング映画は基本話が長くなり、上映時間が3時間を余裕で超えてくる作品もザラ。『シャブ極道』でもムダに2時間44分である。気をつけられたし。



【著者プロフィール】
鈴木ユーリ
ライター。「実話ナックルズ』にて連載『ゲトーの国からこんにちは』など