見出し画像

【追悼】中島貞夫「テロルの美学」アウトロー映画の首領が追い求めたエロと暴力、情念のアナキズム【『日本暗殺秘録』秘話】

1969年、時代は暴力革命の真っ只中にいた。過激化が進む学園紛争、迫る70年安保…そんな不穏な空気のなか封切られたのが、鬼才・中島貞夫監督による『日本暗殺秘録』である。暴力によって世の中を動かそうとしたテロリストたちの記録を描いた問題作は、いまもって問いかけ続ける。テロとは、人間の情念とは──

2010年末、京都の自宅にて(写真=田附勝)

 昭和映画伝説打ち止めのように、昭和時代の撮影所を代表するカツドウヤ、エンタティメントシネマの巨匠が静かに逝った。中島貞夫、享年八八歳。
 チャンバラ、やくざ、アクション、文芸、戦争……。斬られ役、殴られ役だったピラニアたちを束ねて映画を撮れば、エロの実態を追い求めてドキュメントも撮った。スケバンたちの抗争劇から、まむしの兄弟大暴れまで。伝統的な日本映画に叛旗を翻しながら、いつしか日本映画の伝統の守護神となった。健さんも文太も鶴田も、いや片岡千恵蔵も萬屋錦之介も、東映三角マークのトップスター総てを知る最後の男にして、東映映画最後のヒットメーカー。その大往生で、映画の時代が、フィルムの匂いが、夢の彼方へと遠のくのか。
 遊撃の美学と言い、映画のゲリラを自称した。着流しやくざを嫌いチンピラと鉄砲玉たちをこよなく愛した男は、異端、異形の世界を描いて本領を発揮した。知られざるサンカの世界のものがたり『瀬降り物語』とともに、日本近代史に暗躍し眠っていたテロリストたちに光を当てた『日本暗殺秘録』は、数ある中島貞夫の傑作でも特にファンの多い作品だ。長らく上映禁止、封印されていた『日本暗殺秘録』が、時の推移とともに陽の目を見て初めてDVD化されると聞いて、京都の御自宅まで中島監督を訪ねた。
 近代日本のタブーに挑戦し、時代を根底から揺るがした男たちへの熱い思い、映画完成までに懸けた情熱と哲学を伺った。テロリストたち、その孤独で激しい鼓動を垣間見た。「桜田門外の変」に始まり「二・二六事件」に至る、衝撃のドラマツルギー。いま、時代がふたたびテロルを呼び覚まし、混迷へ向かうかにも想える、令和の世だからこそ見直してみたい映画『日本暗殺秘録』。中島貞夫監督を追悼して、ここにインタビューを再録する。人間を見つめる、その深いまなざしがテロルの回路をフィルムに焼き付けたのだった。

『日本暗殺秘録』は 東映ビデオよりDVD発売中

暴力革命の時代に「エロの次はテロだと(笑)」

 全国で学園紛争が激化していた一九六九年。東大安田トリデは陥落したが、沖縄返還闘争、七〇年に向けた安保闘争など、日増しに激しさを増していた。連続射殺魔永山則夫が逃げ切れず逮捕されたのは、この年の四月。国会は混乱し、佐藤首相訪米阻止闘争が叫ばれていた。そんな物情騒然とする世の中に、一本の物騒な映画が封切られる。唐獅子牡丹の高倉健サンが颯爽と活躍していた東映のスクリーンに、その危険な映画は登場、衝撃は若者の間に深く伝播したといわれる。『日本暗殺秘録』という物々しい題名の映画は、それまで誰も見たことのない過激な映画だった。
「最初は『にっぽん69・セックス猟奇地帯』というドキュメント映画が当たったんですよ。それで、エロの次はテロだと始まった(笑)。六八年頃に学生運動のピークがあって、暴力革命的な雰囲気が日本中にあったんですよ。だから、七〇年安保にぶつけてやろう、と」
 監督の中島貞夫は、任侠映画で一世を風靡した東映に異色の時代劇やチンピラを主人公にした現代ヤクザを撮り、頭角を現しつつあった。しかし、まだ『仁義なき戦い』などの実録路線はなく、ポルノ・ドキュメントが当たったといっても血なまぐさい「テロ」を集めた実録ドキュメントの企画などは会社首脳の脳裏には微塵もなかった。ただ、中島貞夫と脚本の笠原和夫は、時代の激しい熱気に突き動かされるように、風変わりな企画を思い立ち、取材に動いたのだった。
「山口二矢が社会党の浅沼稲次郎を刺殺した事件が頭にありましてね、右翼にいろんな派閥や流派があるなんて知りませんから、まず山口のいた愛国党、赤尾敏さんの所へ行ったんですよ。山口二矢のデスマスクも飾ってありましたね、そこでいろんな話を赤尾さんに聞いた。それが、出発だった」
 右翼の中で独立的な立場だった赤尾敏から他の組織や人脈を紹介して貰うことが出来ないまま、なぜか中島らは「テロの本場は水戸だ」という考えに至る。時代劇の十八番であり、「集団テロ」とも言える「忠臣蔵」。その根源には常陸国笠間藩から赤穂藩に入封した浅野家の物語があること、また昭和史を代表するテロ事件である「五・一五事件」「二・二六事件」の実行部隊に水戸出身者が多いこと、さらに橘孝三郎などの右翼思想家も思い浮かんだ。水戸で取材を続けるうちに、中島らは井上日召らの「血盟団事件」を知る。既に会社からは「ドキュメントでなくてオールスターキャストの劇映画で作れ」という指令が出ていた。中島から企画の内容を聞いた東映の大川博社長が大いに面白がり、乗ってきた。当たる企画なら劇映画で、ということになったのだ。

小沼正。元大蔵大臣 井上準之助を暗殺した

情念を突き動かした
小沼正との出会い

「血盟団事件が一番凄いってことになった。井上日召らが本拠地にしていたお寺の護国堂にも行きましてね。そうしたら、小沼正が生きているということがわかったんですよ。当時は東京で業界紙関係の事務所をやられていた。初日はけんもほろろ、二日目も将棋かなんかしてこっちも向いてくれない。三日目にやっと、お前ら本気かってことになった。本気だったら話をしようってことになって、当時出版されていない血盟団事件の公判記録を読んでみるかって、渡された。だから、あくまで血盟団事件を中心に一本分作ろうと、最初は血盟団で終わりにするつもりだった。小沼さんと親しくなって、話をしたり酒を飲んだりしてね。小沼さん、僕のことを『オイ、極左!』って呼ぶんだ(笑)。いろんな話が出たからね。とても協力的になってくれて、北一輝の『国家改造法案』の解説なんかもしてくれてね。その辺から、二・二六事件にも深く入っていくんだ。結局、一種の情念映画にしようということになるんですよ」
 小沼正は、映画の撮影現場にも何度か訪れ、働いていた菓子屋が倒産するシーンでは陰で涙ぐんでいたとも伝えられる。オールスター映画ということから、高倉健、鶴田浩二など東映の看板スターがキャスティングされたが、血盟団事件だけではどうにも登場人物が少ない。そこで思いついたのが、スターを立たせる名場面を繋ぐという手法だった。日本近代史の「テロ」の始まりである「桜田門外の変」から、それを始めようということになった。以下、登場する「暗殺事件」を列記しよう。
 桜田門外の変、紀尾井坂の変、大隈重信襲撃事件、星亨暗殺事件、安田善次郎暗殺事件、ギロチン社事件、血盟団事件、永田鉄山斬殺事件、二・二六事件。
 井上日召役の片岡千恵蔵をはじめ、小沼正の千葉真一、有村次左衛門(桜田門外の変)の若山富三郎、来島恒喜(大隈重信襲撃事件)の吉田輝雄、朝日平吾(安田善次郎暗殺事件)の菅原文太、相沢三郎(永田鉄山斬殺事件)の高倉健、磯部浅一(二・二六事件)の鶴田浩二ほか、それぞれに見せ場が用意された。

「ギロチン社の古田大二郎は
どうしても入れたかった」

「是非は問うな、激しき雪が好き」と言ったのは、野村秋介だった。なぜか、この国では歴史を動かすテロルには雪のイメージがある。「桜田門外の変」「二・二六事件」、ともに激しい雪の日であった。そこから日本の歴史が大きく変わり、雪崩のように時代が滑り出す。現状打破、一点突破の思想。そこに「暗殺」という方法論が成り立つのか? そんな問いかけを発した激しい映画が出来上がる。
「とにかく、いろんな対象のテロを入れた。ギロチン社の古田大次郎は、どうしても入れたかった。古田にはこれで一本やりたいぐらいの気持ちになったんですけどね。左翼のほかの事件、例えば幸徳秋水の事件なんか解釈が難しいですよ。すっきりしない。大正ロマンやアナキズムへの関心というのは、僕らの年代には強くあってね」
 南妙法蓮華経、お題目を唱え「一人一殺」に赴く小沼正も胸を打つが、鶴田浩二演じる「二・二六事件」の首謀者の一人磯部浅一も極めて過激な存在だ。実際日記に書かれていた「天皇を越えて神になる」という鶴田によるナレーションは、土壇場で社長からのクレームがつき「日本中の悪人ばらを打ちつくせ、焼きはらえ」という言葉に変更された。脚本を読んで文句をつけて来た筋もあった。実際自民党筋からの「上映を中止してくれ」と言う声もあった。公開時に感激して観た青年の一人である一水会の鈴木邦男は自身の著作などで、度々その衝撃を語っている。この映画から新右翼の運動に入ってきた者が大勢いること、右翼の集会で何度も上映されたことを。
「鈴木邦男さんには、つい最近、上映会に来てくれて話を聞きました。驚きましたね。ただね、この映画の問いかけは、今でも通用すると思うんですよ。テロリズムの情念というのは、ジャーナリズムが簡単に言葉だけでもって『暴力はいけません』という問題では全くないと思うんです。やはりエロと暴力というのは、人間存在の中でどうしたって切り離すことができない問題だと思うんだな」
(文中敬称略)

中島貞夫(なかじま・さだお)
1934年千葉県生まれ。59年東大文学部卒業後、東映映画に入社。京都撮影所でマキノ雅弘、今井正らに師事。『くノ一忍法』(64)で監督デビュー。ヤクザ映画を始め『893愚連隊』(66)『狂った野獣』(76)『瀬降り物語』(85)など監督作品多数。2023年6月11日、肺炎により死去。

取材・文=鈴木義昭(すずき・よしあき)
1957年、東京都台東区生まれ。76年に「キネマ旬報事件」で竹中労と出会い、以後師事する。 ルポライター、映画史研究家として芸能・人物ルポ、日本映画史研究などで精力的に執筆活動を展開中。 『新東宝秘話 泉田洋志の世界』(青心社)『日活ロマンポルノ異聞 山口清一郎の世界』『昭和桃色映画館』(ともに社会評論社)、『夢を吐く絵師 竹中英太郞』(弦書房)、『風のアナキスト 竹中労』『若松孝二 性と暴力の革命』(ともに現代書館)、『「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木壮次郎』(山川出版社)『仁義なき戦いの“真実" 美能幸三 遺した言葉』(サイゾー)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)など著書多数。

絶賛発売中「実話ナックルズSPECIAL2023夏」より抜粋