葬儀

死人の顔は、おでこのところがこう、山なりに固く、冷たくなって、私は自分の手のひらを卵を抱くようにすぼめて、そっとその上に置いてみたい気持ちがしました。

「お父さん、しょうくんが来てくれましたよう」

おばさんがそう言ってはぐった白い布の下のおじさんの顔は、おでこと、息を吸うように少しだけ開いた口と、つむった目とが、何というか、「死者が生きている人を驚かさないように見せる表情」とでも言いたくなるような、少し柔らかな、死んでさえいなければ愉快に見えるような表情です。

私はおじさんの前に慣れない正座をして、すでに手を合わせ終わった親戚達の視線を背中に感じながら、初めはおじさんのことよりも、長旅をしてきた自分の足が臭くないかとか、おりんはどのくらいの強さで鳴らせばいいのかとか、一体おばさんは今どのくらい感傷的な気分だろう、まだ現実的な気持ちかしらとか、そんなことばかり考えていました。

「もう、ほんとうに急なことでねえ。昼間ちょっと機嫌が悪いでだまっちょるわぁと思ってたら、夜中に息が詰まりだして、病院からしんちゃんに危篤の連絡をして、それからもう30分も経たないうち。結婚する時からせっかちな人やねえ〜とはおもっとったけど、こげんせっかちとはねえ。みんなに悪いわねえってそればっかり考えよったっちゃけど、死んでしまったもんはしょうがないけねえ。しょうくんも悪かったわねえ」

おばさんは習い性になっている冗談を言って、一人で笑いながら私に申し訳なさそうな顔をしました。私がおばさんと同じだけ笑って、またおじさんの変わらないままの顔に目を落とす間に、音も立てずにいとこのさえちゃんが私の背後に立って、

「なあんもいいことのない人生やったねえ」

と、おばさんよりも自然な笑顔で言いました。

「なあんも、本当になあんも、お父さんはいいことがなかったなあって思うっちゃねえ。高校出てから一生懸命仕事して、それで10年前にあげんことになって身体が動かんようになって、思い通りにならないことばっかりで死んでしまうんやから。私とか、家族のことばっかりで、それでおまけも付かずに死んでしまうんやから、本当になあんもいいことのない人生やったように思うとよねえ。」

みんなは黙っていました。
さえちゃんの言うことを聞きながら、私は、この部屋の青い綺麗な畳の上に敷かれたおじさんの布団が、硬くはないかしら、背中が痛いほどの硬さの布団なら、本当にいいことのない人生、と思って怖くなりました。

おじさんは、本当に、一寸の悪いこともしませんでした。
いいことばかりしながら、他者のことばかり思いやって、その通りに働いて、それでも何かに巻き込まれるように、ままならず死んでしまった。

そう思うと、一体自分は、どんなにか悲惨なままに死ぬだろうと、私は急に怖くなって、そして今にも、おでこを出して口を開けたまま眠っている死者を叩き起こして、その布団の上に横たわってみたい気がしました。

みんなは、おじさんの話をしながら通夜を過ごしていました。
私だけが、狂気じみた気持ちで、一体この人に何が足りなくてこうなったのか、問いかけるような目で死者を見つめながら、控室を出たり入ったり、落ち着かないままで、自分の行く末について考えていました。

生きるのが怖い!
生きて生きて、負債のように悪徳を重ねていくのが怖い!

0時を回る頃には、「せめて貴方のようには死にたい!」と、私は死者に向かって駄々をこねるような気持ちで、枕がわりの座布団の上で汗をかきながら、明日の葬儀を待っているのでした。

<了>

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