会社の辞め方については誰も教えてくれない~「キャリアのカジュアル化」がもたらす弊害~

近年、働き方改革といって人々の多様な仕事への向き合い方が多様化してきた。かつてはひとつの会社に定年まで勤めあげるというのが規範のようになれていた。しかし近年では、むしろ転職を推奨される風潮になりつつある中で、転職そのもののが、もはや当たり前のようになってきた。転職そのもののハードルが下がってきて、人々の認識も広まってきている状況にある。そこでは、転職・就職の仕方というノウハウを含めた支援というものが充実してきていつように思われる。しかしながら、実際に転職をするにあたって、仮に在職中である場合は、どのようにして現職の会社を辞めたらいいのかということに、非常に多くの人が困っているように見受けられる。そうした視点から今回、会社の辞め方のついて考えてみたいと思う。

よくある相談の中で、特に多いのは、すでに退職の意思を固め、すでに上司に口頭で伝えた場合がある。その後の対応は特に考えておらず、まずは上司にその旨を伝えたが慰留され、思いとどまるように説得されたがどうしたらいいか、という悩みを抱えているCLが多い印象である。もちろん、このようなことは、これといった正解がないために間違っているかどうかも言えないが、それでももう少し戦略的に物事を進めた方がいいのではないかと思う。当然、会社からすれば急に辞められることの影響は計り知れず、職場の混乱は避けられないだろう。しかし一方で、退職をしたいという当事者からすれば、それなりの原因があってよくよく考えた末の決断だということも理解できる。ではどうすればいいのかということを考えると、それは適切なプロセスを踏むということが重要である。そのプロセスについて順に考えていきたい。

まず、退職の意思を固める際に考えなければならないのは、次の転職先を決めてから辞めるのか、それとも先に退職してから転職先を探すのかという選択に迫れらるということ。この選択が非常に重要なのだが、実はここの選択の重要性はあまり認識されていないのではないだろうか。実際には本人の生活の継続にかかわる面でもあるため慎重に考えないといけない。しかし実際には、ストレスなどで疲弊し、すでに十分な検討ができない状況にまで陥って、いよいよもう駄目だというところまできて初めて、「もう辞めよう」というところに行き着いてしまうということが少なからずある。このようなことでは、自身のこれからの人生設計について考えることなんて到底できない。そのような意味で、まずはこの、退職の意思を固める段階で、先に転職先を決めるのかそれとも先に辞めてから仕事を探すのかの選択について、十分に時間をかけて考える必要がある。

次に、退職する意思を固めたとして、今後どのように進めていくかという検討に入る。その前にその職場で自分はやることをすべてやったのかということを今一度考えてみる必要がある。それは、たとえば異動を願い出るとか配置転換を申し出る、もしくは担当から外してもらうなど、物理的に社内ででき得る策を検討し、上司などに相談をすることが重要である。また、そのような物理的な方策が困難な場合、自分で取りうる方策について考えてみるということもある。これはメンタルヘルス・マネジメントの視点から心理的な側面から自分の身は自分で守るということを試みてみることが重要と思う。そのようなことを含めて自分ででき得る方策を試みてそれでも難しければ、「退職」という言葉を出さずに、現在自分は困っているという窮状を上司に訴えかけることが必要になってくる。確かに、職場での問題はさまざまあるため、上司に相談したところで解決に向かうはずもない場合があることは予想されるが、ここで重要なのは、実際に退職の意思を告げる段階のための布石を打っておくということである。ある意味自分の訴えに説得力を持たせることが非常に重要になってくるからである。

そのようなことで、初めて上司に退職の意思を告げるわけだが、ここで注意すべきことは、自分本位な短絡的な退職の理由を述べないこと。どういうことかというと、もちろん退職にあたっては「一身上の都合」で十分事足りるわけだが、実際の現場としては納得されないかもしれない。現場が納得するもしないも関係ないといわれればそれまでだが、今後自分がどのような業界で働くかによって、場合によってはこれまでと同じ取引先や関係者とともに仕事をすることもあるかもしれない。また、自分が現職の現場の人から反感を買った形で退職することで、その後のモチベーションに何かしらの影響がでることも予想される。このようなことから、実際の退職の意思を告げる際にはある程度納得してもらえる理由が必要になってくることも十分に考えられるだろう。もう一つ、そこで重要なことは、まずは就業規則や雇用契約書等の文書を確認すること。これは、多くの場合「退職の30日前」と定められているが、退職を申し出るにあたって何日前に申し出るべきなのかをあらかじめ確認しておくことは、今後、事をスムーズに進めるためにもおさえておきたいポイントである。

しかしこの段階で、先に書いたように上司から慰留されたり、強引に引き延ばしをはかられることも考えられる。さらに、退職そのものを受理してもらえないことも事例として多くある。そもそも、退職届を受理されないというのは通常あり得ないのだが、そのような法律的な視点が双方にはないのだろうと予想される。私たちには退職の権利が認められており、職業選択の自由が保障されている。このようなことは、そういわれれば誰もが納得できることではあるものの、自分が当事者になればそういう意識はどこかに吹き飛んでしまうのかもしれない。そこで重要になってくるのが、先に示した自分は本当にこの職場で続けることが無理なのかという視点でできることをしてきたかどうか。自分でできることをすべてやって、それでもどうしても無理なのであとはもう退職する道しか自分には残っていないということを説得力をもって示せるかどうか。そのような布石をしっかりと打ってきたかどうかが非常に重要になってくる。上司に「それなら仕方ないな」といかに思わせるかどうかである。

このように、ざっと退職のプロセスを概観してきて、実は非常に繊細な対応を迫られるミッションであることが理解できるだろう。安易に退職を申し出ることの悪影響は計り知れない。一旦退職の申し出を引き下げることのその後の影響を考えると何とも言えないもやもやした気持ちになってくる。そのような意味で、実際に退職を決意する前から、物事をスムーズに進めるためにも各段階において戦略的に考えなければならない。

近年、働き方の多様性はもちろん、雇用形態も多様化してきて、もはや正規社員としてひとつの企業に長く務めるというかつての常識が、現在ではもはや非常識化されている。そのような中で転職がカジュアル化してきつつあるように思われる。転職のカジュアル化が進む中で非常に多くの弊害が出ることも十分に予想できる。むしろ、キャリアコンサルタントというキャリアの専門家が多くなってきて、キャリアをめぐっての一種のビジネス化が進むことによる実害が社会に与える影響は多大なものになる。キャリアコンサルタントなどの専門家の生存競争によって、キャリアがカジュアル化され、退職や転職が推奨されるような社会が果たして健全な社会のなのかとも思う。現在はそこまでの状況ではないが、そのような兆しが見え隠れしているようにも思われる。重要なことは、いかにして本人のためによりベターな選択をとる支援ができるかどうか。退職するかどうか、転職するかしないかが先行することはあってはならない。場合によって、それがCLのためになるのであれば、今は退職を思い留まらせることも必要になってくるかもしれない。そういう意味でもキャリアコンサルタントなどの支援者は、CL自身がどうなのかという、相手の立場視点に立って考えなければならない。しかし一方で、どのようにして会社を辞めればいいのか知らない人も数多く存在している。そのような人に対しては、適切な情報提供をし、でき得る限りの支援策を打ち出すことが重要であることは言うまでもないことである。

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