【あとがき】研究室を脱出せよ!〜ポスドク転職物語〜

これでケンドーの転職活動物語はおしまいです。僕の場合、転職活動期間はケンドーよりも少しだけ長く、だいたい1年半くらいかかってしまいました。それでも、僕の辿った転職活動の道とケンドーの物語は、ほとんどが同じです。

この1年半のあいだ、僕は転職活動をしながら色々なことを学び、考えてきました。そのときに思いついたアイディアは、ケンドーや黒岩さんの言葉を通して物語の中で伝えてきました。それらの多くの問題については、いわゆるポスドク問題として、様々な場で意見が出されています。この物語では、そういった議論の中でも忘れられがちな、それでいて極めて重要な2つの論点を織り込みました。

まず第一点は、「捏造」という問題です。

もちろん、僕のまわりには捏造に手を染めるような研究者は一人もいませんでした。三井さんも田所教授も架空の人物です。僕が、この物語をあくまで「フィクション」だと強調するのは、そのことがあるためです。それでも、アカデミアに忍び寄る捏造問題は極めて深刻だといっていいでしょう。

物語中で藤森教授が語っていましたが、サイエンスというのは善意で成り立っています。捏造しないこと、誠実であること、これらを守るのは研究者が純粋に研究を愛しているからに他なりません。そういった社会において、過度の競争や合理主義を導入するとどうなるのか。残念ながらこうした問題に現代のアカデミアは答えを出していません。そして、これは日本だけではない、世界規模の問題であるということを念頭に入れるべきでしょう。100年後や200年後、ピアレビューに代表される現代のサイエンスシステムが存続しているのか、僕には疑問に感じられます。

もう一点は、もう少し明るい話題です。

それは、僕らの社会にはなぜ研究者が必要なのか、という議論です。僕の経験に関する限り、博士号を取るというのは様々なことを学べる機会でした。それらは、僕の転職活動において少なからず影響を及ぼしています。ケンドーが悩む度に、いちいち実験におきかえて考えているのは、僕のそんな経験がベースになっています。あるいは、もう少し広い世界で考えることもできるかもしれません。藤森教授は「新たな価値の創造」と答え、黒岩さんは「多様性」といいました。どちらも僕の考えにすぎません。研究者を社会が養成する意味、そして、基礎科学の目的。この物語をお読みになった皆様の答えはなんでしょうか。是非ともお聞かせいただければと思います。

さて、長い物語もようやく終えることができました。転職活動が終った瞬間、この経験を是非とも書き残しておこうと考えましたが、やるからには普通の方法では面白くない、自分なりの方法を試してみようと考えていました(これも、研究者魂かもしれません)。ストーリーの持つの重要性については、本文中に紹介した「全能思考」や「ハイ コンセプト」が詳しいのですが、実際やってみると、想像以上に楽しくできました。そうはいっても初めての試みでもありますので、拙いところなど多々あったとは思いますが、その点はなにとぞ御容赦していただければと思います。

ケンドーの転職物語は、さあ転職するぞ、というところで終っています。それもそのはず、肝心の筆者自身がこの12月からいよいよビジネスの世界に足を踏み入れるからです。ポスドクとして過ごした研究者がどのようにすごして行くのか!?ポスドク転職物語ならぬ、「転職ポスドク物語」は、いつの機会にか書き上げられればなと思っております。

というわけで、長い間のお付き合い、まことにありがとうございました。

それでは、転職をするポスドクもアカデミアに残るポスドクも、そしてポスドクでないほとんどの皆様の幸せな人生を心よりお祈り申し上げて、本物語を終わりにしたいと思います。

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