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【神聖かまってちゃん】2−7.ある一人の青年【2.ひとと人間の境目から】

 これまで述べてきたような、無邪気なひとが跋扈する社会における葛藤や、その先に何があるのか考えるとき、「神聖かまってちゃん」の「夕暮れメモライザ」という曲は示唆的だ。

無くしたら少し寂しいかなって思ってた
そして僕は無くした
夕暮れが少し切ないから外に出たよ
コンビニ行っただけです

ちょっと待てよ、みんながもういない、僕のスタートラインがない
落ちてるひまもない 4月のスタートは

「諦めなよ」 それでも僕、少し寂しいからやってみるよここからさ
動けないよ、みんなはスタートして夕暮れる季節です
川辺のねこ なんか切ないから見習うんだあいつを
夕暮れメ。モ。ラ。イ。ザ ファッキュー

地球儀をサッカーボールにして蹴飛ばす 僕の気持ちごと今
夕暮れが少し優しいのは僕のせいだ 甘えてばかりなんです

ホットコーヒーを飲んでるモードで 川でぼっけーんとしてる
何を見てるわけじゃない 4月のスタートは

「諦めなよ」 黙れまじで 少し寂しいからやってみるよここからさ
動けないよ 見つけたスタートでエロビデオ見てるだけ
川辺のねこ なんか切ないから見習うんだあいつを
夕暮れメモライザ

O Oh yeah!僕はハイテンションな時叫んだよ
So Oh NO!鏡見ると顔が死んでたよ
夕暮れメモライザ 読み込む少年の空は 別の世界だな

「諦めない」 やな言葉だ 少し寂しいからやってみるよここからさ
動いてもだ まともなスタートラインが見つからないんだ
生きることはなんか苦しいからエロビデオ見せてくれ
夕暮れの空が綺麗だ 諦めないよ
僕はきっと もっと寂しい自分が何してもいるよ
川辺のねこ にゃーっと寝っころがった
「諦めてもいいんだよ」
少し優しいんだよこの時間が僕には
夕暮れメモライザ

春の風がそよぐ 僕はコンビニ、コーヒー、きつねカップうどん
夕暮れメモライザ
夕暮れメ。モ。ラ。イ。ザ ファッキュー[121]

独特な哀愁が漂いながらも爽やかなこの曲は、「諦めなよ」という言葉に反発しながらも最終的に、「諦めてもいいんだよ」という言葉が優しい時間として享受される物語となっている。「生きることはなんか苦しいからエロビデオ見せてくれ」という歌詞もなかなかに素敵であるが、これは、「生きづらい」とか「生きられない」ことに固執するだけがすべてではないと示している。「影」はなくしたまま、目の前に広がる自然を愛したペーターにも繋がるのではないか。

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[121]の子作詞、神聖かまってちゃん「夕暮れメモライザ」『8月32日へ』。

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