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【エッセイ】こうして私はオリラジ「あっちゃん」から、「藤森さん」になった


(1)私はオリラジの「あっちゃん」だった

昨日、オリエンタルラジオの藤森慎吾さんの「相方へ」という動画を見た。


この動画は、

彼の相方の中田敦彦さん
(通称:あっちゃん)が

ダウンタウンの松本人志さんに
噛みついたことに関して、

藤森さんが自分の意見を
話したものだ。

動画そのものにはとても感銘を受けた。40分話して、全く無駄がない。

人をずっと惹きつける話術。

そして関係する全ての人へ敬意を払い、配慮した発言。

ご本人は「稚拙で、難しい言葉も使えないし、何を言っているかわからないけど」と言っていた。

何を言ってるんだ!

完成度の高いトーク。
ほぼ一発撮り。

さすがメディアの
第一線で活躍している人
だなと思った。

むしろ自分も見習いたい。

この動画の中には
「沈黙は良くない」という
あっちゃんの言葉も紹介されていた。

それを受けて藤森さんも
今回動画を投稿した話もあった。

私もこうして二人のスタンスを
見ていると思い出すことがあった。

私はかつて、あっちゃんだった。

そして、今は藤森さんに近い。


何が言いたいかというと、
対照的な二人ではあるが、
私自身がこの20年で
あっちゃんの性格から
藤森さんの性格・思想に
変わったと自分で思うのだ。


どんな経緯を経て
左から右みたいに変化したのか。
少し振り返りたいと思う。


(2)こうして私は「あっちゃん」になった


高校・大学のときの私は、
かなりあっちゃん的な性格
だったと思う。

自分の夢を設定したら
そこに一直線に向かうし、
自分の意見もはっきり言う。
多分今もそれはある。


しかしそれだけではなくて、
今は持ち合わせるが
当時の私にはなかったものがある。


「他人への配慮」という概念だ。

こういう性格になった理由として
考えられるのは以下の通り。

  • 父親がそういう性格(遺伝・教育)

  • 米国留学の影響

  • 正義感が強い性格

  • 教授からの教え


実はこのnoteは、
私の幼少期からの友達どころか、
小学校のときの恩師も目にしている。
(今も交流がある)


彼女たちから「ちげーよ、お前は昔っからジャイアンだ」と、この投稿に書くことを全否定されるかもしれない。

しかし、これはあくまで私の主観・自己分析ということで…ご容赦いただきたい。
先生、友よ、すみません!(平伏し)


1番影響があったのは父だと思う。


私の父は、頭のいい人だった。

そして「夢にまっすぐ」なところは
父の性格に由来している気がする。

彼は超ど田舎の育ちで
チャリを40分こいで
地元一の進学校に通っていた。


このとき、チャリに乗りながら
英単語を勉強
していたそうだ。

admire(称賛する)は
「頭いいやー!」など、
ゴロを作って片手に単語本を持って、
チャリに乗りながら覚えてらしい。

危ないが、昭和の時代だし、
周囲は田んぼばかりだから、
まぁ…いいや。。

彼は大人になっても変わらない。
通勤時も本を読みながら歩くので、
それを見かけた同級生から
「お前の父さんは二宮金次郎」
とよく言われた。

父は人の目など気にしない。
自分が考える合理性に従うのだ。

さらに志望大学の必修科目に
ピアノがあったそうだ。
断るが入学試験の科目ではない。
あくまで大学一年生の授業でだ。

そこで高校生の父親はお小遣いで
ピアノのレッスンも受けていたとか。

合格するかもわからないが、
そこに備えて行動する。計画的だ。

このように父は、決めたことに
真っ直ぐで、とても芯が強い人だ。

ただし、芯が強いので、
人の意見には簡単に耳を貸さない。

自分の中で書いている筋書きの上を
まっすぐ歩く。

会ったこともない人だが、
あっちゃんも多分、
そういう人なんだと思う。


さらに私はアメリカ留学中に

「どっちでもいいとか言わない。はっきり自分の意見を言いなさい」

とホストファミリーから
言われていた。

また、アメリカの授業は、
日本と違ってディスカッション
をするシーンも多かった。

自分の意見を言うことには、
ますます抵抗がなくなった。


大学のゼミでも恩師から「議論はとても大事だ、批判も大事なことなんだ」と教えられていた。


よって留学帰国以降は、
リーダーシップをとるときや
人間関係で、ハレーション
おこすことが多かったと思う。


大学の時に付き合っていた人に
「お前はすぐ俺の意見を否定する」
と苦言を呈されたこともある。

それでも幸せなことに、
私という性格を受けいれてくれた
同級生や友人が多かった。
本当に感謝しきれない。

こういう癖のある人間だと
自覚があるので、
今いる自分の友人たち、
周囲の人たちには
一層の感謝をして過ごしている。



(3)私がオリラジの「藤森さん」に変わるきっかけ

今では周囲の優しさに感謝しているが、あっちゃんの言葉を借りると、当時はこの周囲の「沈黙」に悩んでいた。

周囲が私の言葉のあとに
相手が黙ったり、苦笑いをしたり。

無言ながらにハレーションは
確実に起きている気がするのだ。

それを察することはできる。
何かおかしいと。
よくないことを
したのかもしれないと。


でもこれ言語化するのは
とても難しかった。


何がどう問題なのか、
自分でよくわからなかった。


言ってくれたのは、
本当にその元彼くらいだった。

私が唯一、原因分析をするには
彼の言葉しか
頼りになるものがなかった。


それぐらい、周りは私を尊重し、
受け止めてくれていたのだ。




(あるいは言い出せない、面倒でそこまで言うつもりはないか…)

でも当時はそんなふうに考えられず、
ただただ孤独になるのだ。

自分が見てきたこと、
聞いたこと、教えられたこと、
私が受け入れてきたこと。


でもこれらは世の中と相容れない。

誰かに嫌な思いを
させているっぽい。
でも何をどうしたらいいのか。


そんな思いでネットで
検索をかけようにも、
なんてキーワードで
検索すればいいのか

よくわからなかった。


それでも一生懸命、自分自身が
このハレーションをなくしたくて、
検索をかけていた。

その時、一冊の本に出会う。

◆「また会いたい」と思われる人の38のルール (2009年、吉原珠央)


著者は元客室乗務員だった。
おもてなしの心を知っている。

私は「言葉の加工」を学んだ。

思ったことをそのまま言わない。
相手のために、加工して発言する。

この本を読んでようやく
これまでのハレーションの
原因がわかった。


ちなみにこれに書いてあることを
当時のスナックのバイトで
実践するようになっていた。


スナックと言っても
お客さんは60歳以上の
年金で飲みに来る人たち。
ママが70歳超えのお店だった。

私は当時はこれを
「公民館」と心の中で呼んでいた。

世代が全く違う人たちとの会話は、この本のおかげもあって、弾んだ。


私の接客は大変評判だったし、
お店の売り上げもあがった。


最終的にじいさんたちに
好かれすぎて困ってしまったが。


それぐらい、この本は
おもてなし力が極まる本だった。

こうして私は、
自己主張強めな性格であったが、
「相手のために言葉を選ぶ」
ことを学んだのだ。


(4)さらに私が「藤森さん」思想に近づいたきっかけ


その後、会社に入社したときに
私の指導員は43歳の女性だった。

中高生の子供が二人いるママだった。
サバサバしていて、
職場でもみんなから
愛される人だった。

私は仕事を覚える中で、
彼女の言い回しに気づいた。


それはどう考えても
彼女が悪いわけではないときに、
先に自ら「自分のせい」にして
話すことだ。

「え?報告していない?あぁ、それは私が事前にリマインドしてなかったから良くなかったですよね、申し訳ない」

報告していないのは
相手のせいなのだ。
そこであえて自分の落ち度を作る。
先にそれを言う。

ものすごい包容力だった。


ちなみに私が勤務した
当時の事務所の女性たちは、
よくこの言い回しをしていた。

相手と円滑に
コミュニケーションをとる
処世術だ。


これはプライドの高い人なら絶対できない。「俺が悪いわけでもないのに、なぜ俺が謝るんだ」という考えの人はおおいにいる。


だけどこの指導員の方は、
本当に取引先からも、
同僚からも愛されていた。

仕事もできた。
笑顔が絶えなかった。
だから私も彼女を尊敬し、
自然と彼女に学んだことを
身につけていくようになった。

こうしていると、いつからか
「Joe妻さんは優しすぎるから」
と男性上司たちに
注意されるようになった。

後輩指導や他部門とバトル。
年次が上がると昔とは違う
いろんなシーンが増える。

これではよくない
、と
言われたことは何度かある。

優しいから怒られるなんて、
思ってもみなかった。

さらに「え?わたし、優しいの?」という評価そのものに驚いた。



前述した学生時代があるからこそ、
私自身がまだ「やさしい」なんて、
人様から評価を受けることに
慣れてなくて、違和感があるのだ。


(5)どちらのスタンスも大事


こうして私は「あっちゃん」的な性格から「藤森さん」的な性格に少しずつ変わった。

本当は10代の時に学べばよかったが、
20代の後半にかけてようやく変われた。


もちろん今でもたまに
「あっちゃん」の私もいる。

でもどちらかというと「藤森さん」のスタンスに近づいたと思う。


何かを言う時には
相手のことを考えるようになったし、

嫌い・良くないという意見
は、
藤森さんが言うように
「別に言わなくていいこと」
として控える習慣もついた。


ここに教授が言っていた
議論は大事、批判は大事
というお言葉は
持ち出さないようにした。


こういった経験をする人は、
世の中に結構いるようだ。

私の知り合いにも

「調子に乗りすぎた時代を反省して、
今は目上・目下関係なく
敬語を使うようになったし。
一切、人に怒らなくなった」

という人もいる。

でも藤森さんが
動画の中で言っていたように、
意見をすることが
悪いことではないのだ。

ただ、そこには
藤森さんが言うように、

最低限の人としての
敬意は払うほうがいい。

できれば人に好かれる人で
あってほしい。

それは本当にそのとおりだと思う。
20年前の自分にも
教えてあげたい言葉だ。


そして一つ、私が自分の経験から
あっちゃんをフォローすると
この「藤森スタイル」にも
時にデメリットがある。


「優しすぎる」と
利害関係があるときに
「なめられる」ことがある。

藤森さんの言葉をかりると
「平穏に生きたい」場合。

そういう平和な世界の中では、
この藤森スタイルだけで
全く問題ない。

しかし会社の仕事など、
利害関係がある中では
利用されることもあるし、
攻撃されることもある。


さらには必要以上に
「私が悪かったですね」
と言っているうちに、
本気で自己否定に走り、
心を病んでしまうこともある。


実際に私が会社を休職したとき、
自己否定に走ってしまった
原因の一つはこれだと思う。

自分で必要以上に
「私がよくなかったですね」と
相手のために言ってしまったり、
人に手を貸しすぎたことがあった
と反省している。


そして今も訓練中だが、
特に上司に対して
思っていることが
言えなくなってしまった。

怖くて何も言えなくなり、
自分を押し殺す日々が始まるのだ。
これは非常に精神的に不衛生だ。

相手のために心を使うと言うことは、自分を犠牲にもしている。

だから優しい。

でも、自分のことも
ちゃんと大切にしてあげる。
フォローしてあげる。 
これもとても大事なことなのだ。

ハレーションを起こしても
自分の意見を言う、あっちゃん。

周囲を大切にし、
配慮しながら暮らす、藤森さん。


この二人は、コンビでよかったなと私は改めて思った。

人間の世界は、両者がいて成り立つのだ。



なので私は「あっちゃん」だった過去の自分も

「藤森さん」っぽくなった今の自分も

時にひょっこり「あっちゃん」が顔を出す自分も

「藤森さん」しすぎて、自己犠牲をしてしまった自分も


全てを「自分の性格」
として否定せず

これからもつきあって
いきたいなぁと思う。


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