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JOG(1177) 脳科学が示す素読の効用~なぜ子供は素読に夢中になるのか?

素読は脳の発達プロセスに合致した合理的な教育方法だった。


■1.「鳩」と書かれた漢字カードを見て「はと!」

 福岡県のある保育園で見た光景は、忘れられないものでした。先生が横幅20センチほどのカードを何枚も持ち、その一枚を園児たちにさっと見せます。そこには「鳩」などの漢字が大きく書かれてあり、園児たちは即座に「はと!」と声を揃えて読みます。先生はすぐ次のカードを見せる、、、という具合に、数十枚のカードを次々に示しては、園児たちが元気な声を出します。

 3、4歳の園児たちが難しい漢字を次々となんなく読んでしまう、という事も驚きでしたが、それにもまして子供たち皆がこのゲームに夢中になって取り組んでいる様に胸を打たれました。ここには、現代の小学校が見失っている何かがあると思いました。

 幼児にとっては、鳩の絵を見て「はと!」というのも、「鳩」という漢字カードを見て「はと!」というのも、同じ図形認識です。

 特に漢字は、「鳥」の字が実際の鳥の形を模していたり、「鶏」「鷹」「鴉」など鳥類は「鳥」の字を含んでいたりと、子供たちはゲームのように向かえるのです。それに比べると、ひらがなは「は」「と」など抽象的で、遊べる要素がありません。

 このように幼児に漢字を遊びながら教えていくのが、石井勲氏の考案した石井式漢字教育ですが、園児は遊びながら何百字もの漢字をすぐに覚えてしまい、それによって知能指数も120~130に伸びる、という結果を得ています。[a]

■2.言語を扱う前頭前野は3歳までに急激に発達する

 最近の脳科学では、この現象を解明する研究がなされつつあります。人間の脳で言語を扱う前頭前野は3歳までに急激に発達することが分かっています。そして、語彙力などを司る側頭葉や頭頂葉などの神経細胞は、その後も成長を続けます。したがって3,4歳で、たくさんの漢字を遊びながら覚えるのは、脳の発達過程にきわめて合致した方法なのです。[川嶋、p123]

 それに比べれば、6歳で小学校に入ってから、ようやく字を教え、それも抽象的で難しいひらがなから教えるというのは、子供の成長過程をまったく無視した教育方法です。「就学前に漢字など教えるのは不可能」「やさしいひらがなから教えるべき」「小学校時代にたくさんの漢字を詰め込むのはかわいそう」などというのは、非科学的な思い込みです。

 近年の脳科学の急速な発達は、こうした現代の国語教育の思い込みが正しいのかどうか、科学的に明らかにしつつあります。その最前線を覗いてみましょう。

■3.胎児乳児は母親の語りかけを音楽のように楽しむ

 こどもの成長過程に沿って、脳の発達と言葉の習得の関係を見ていきましょう。

 母親のお腹の中にいる胎児が、すでに母親の声を聞いていることは、科学的に証明されています。それによると、胎児は母親の次のような語り口に、快感反応を示すそうです。[川嶋、p66]

1)高めの声に反応する。母親の声がより赤ちゃんに近づくせいだと考えられている。
2)声の抑揚が豊かで、音楽的な語り方。
3)同じことばのくりかえし。
4)やりとりの間が大切で、間が空きすぎたり、つまりすぎたりすると不快反応を示す。

 以上の反応は、生まれた後の乳児も同じです。声の抑揚、繰り返し、間というと、胎児乳児は母親の言葉を一種の音楽のように楽しんでいるようです。母親の語りかけや子守歌を楽しむことが言葉を学ぶ出発点です。そして、言葉は意味よりも、まず音楽としてリズムやテンポ、抑揚が大切なのです。

 たとえば、おむつを取り替える際にも、無言でやってしまうのではなく、「さあ~、おむつを取り替えましたよ。気持ちよくなったでしょう」などと母親が愛情を込めて話す。そういう語りかけを乳幼児は聞いて、快感を覚えるのです。

 そして、驚くべきことに、赤ちゃんでも母親の語りかけを真似しようとするらしいのです。考えて見れば、幼児が言葉を覚えるのも、たとえば母親が父親を「パパ」と呼んでいるのを真似する、という模倣プロセスから始まります。それと同じで、赤ちゃんも模倣を通じて、言葉を学んでいきます。

■4.母親の読み聞かせで、子供の脳が活発に働く

 語りかけと同様の効果をもたらすのが、読み聞かせです。母親、あるいは祖父母など、近しい大人が絵本などを子供に読んで聞かせる活動です。MRI(磁気共鳴画像診断装置)は、ドーナツの形をした大きな装置で、その穴に人の頭部を入れると、脳のどの部分が活性化しているのか、画像で見る事ができます。

 母親が読み聞かせをしているビデオを見た子供の脳では、側頭葉と大脳辺縁系に活発な活動が観測されました。側頭葉は特に「聞く」ことに関係する部位です。また大脳辺縁系は感情や記憶に関わります。この事から、子供は読み聞かせを一生懸命に聞き、それを喜び、記憶しようとする事が判ります。

 また読み聞かせをしている母親の脳も調べると、一人で音読をしている時よりも前頭葉の中心付近が強く活動している事が判っています。この部分は相手のことを考える機能を司っています。つまり、読み聞かせの最中は、母親は子供のことを思いやり、子供はそれに耳を傾け、喜び、記憶しようとしているのです。

 読み聞かせの際に、子供の知らない言葉が出てきても、無理に教え込む必要はありません。言葉のリズムを繰り返し聞いて、楽しんでいるうちに、徐々に意味が分かってきます。それが子供が言葉を身につけるもっとも自然なプロセスです。

 興味深いのは、読み聞かせと言っても、スマホの読み聞かせアプリや朗読CDなどでは、その効果は半減してしまう事です。あくまで親しい大人が、心をこめて読み聞かせることが大事だそうです。[松崎、1100]

 また、乳幼児にテレビを見せることは、よくないようです。テレビ画面を見ている時には、前頭前野の血流がはっきり低下する事がしばしば起きます。映像は大きな情報量を一気に伝えるだけに、それに圧倒されて、前頭前野を使ってじっくり考える時間を奪われ、条件反射的、短絡的な反応だけ身についてしまう危険があると言われています。[川嶋、p91]

 生後から3歳にかけての乳幼児期に、脳は急速に発達しますが、言葉を身につけるのに最も大切なのは、親子のコミュニケーションなのです。そして、読み聞かせは親子の極めて良質なコミュニケーションであり、子供の心が安定し、親への信頼と愛着が増し、その結果、親の子育てストレスがぐっと軽くなる、と言われています。[松崎、16]

■5.「一人一人の目がかがやき」

 3,4歳になると、「聞く、話す」から「読む」段階に進みます。その際に使われる伝統的な教育方法が「素読(そどく)」です。

 素読とは「言葉(文章や文、単語)を、意味の理解を伴うことなくその字面を追って、あるいはお手本となる発話者の発音通りに声を出して読むこと」です。冒頭の石井式の漢字カードもこの一種です。「意味の理解を伴うことなく」という点が肝心で、文字を見ながら、意味が分かろうが分かるまいが構わずに、先生の発音を真似て発声します。

 ドイツ文学者の安達忠夫・埼玉大学名誉教授は自宅の近所の子供たちを集めて、寺子屋を始めた時の経験をこう書かれています。
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 子どもたちは受け身で楽しむより、いっしょに唱えたり、積極的にかるた遊びをしたりするのが大好きです。試みに、わたしの国語体験の原点ともいうべき「いろは」も教えてみました。
 一人一人の目がかがやき、愉快そうに笑っている子もいます。数週間平仮名だけの音楽をたっぷり楽しんだあと、こんどはいきなり、漢字まじりの「いろは歌」です。最初、子どもたちはいぶかしげな表情を見せましたが、わたしが唱えていくと、打てば響くような反応がかえってきました。[川嶋、p6]
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■6.意味が分からなくとも、脳は一生懸命動いている

「意味不明のことばなのに、子供たちはなぜ、あんなに生き生き反応するのか?」この疑問を科学的に追求すべく、安達教授は、脳科学を専門とする東北大学の川嶋隆太教授と共同研究を始めます。

 川嶋教授は、「意味のある文章」を黙読している時と、「意味のない文章」を黙読している時の脳活動を比較しました。「意味のない」とは、一つの文章の文字をランダムに並び替えて、「み日地千実比道に湯て口原区は」などとしたものです。

 両者の脳活動はほとんど同じでした。これは意味が分かっても、分からなくとも、脳は同じように活動する、ということです。ただ右半球の頭頂葉、書かれた文字の意味の理解をする機能をもっていますが、ここは意味のない文章を読んだ場合の方が活発に動いていました。ランダムに並んだ文字から、なんとか意味を読み取ろう、と努力しているのでしょう。

 意味が分からなくとも、脳は一生懸命動いている、ということは、素読によって脳が活発に動き、発達する、という事でしょう。したがって脳を育てるために、素読は効果的だということです。

 しかも、意味を問わない分、どんな難しい文章でも、たくさん音読できますから、子供たちは大量の語彙を吸収することができます。しかも、皆で一緒にリズミカルに声を出すという主体的な動きで、模倣と繰り返しの好きな子供たちは楽しみながら、言葉を学ぶことができるのです。

■7.意味を問わない幼年期、意味を考え始める少年期

「意味を問わない」という点が、近代教育に慣れた我々から見ると、理解しにくい点です。「意味も分からずに論語の文章を音読できるようになって、何になるのか」と考えてしまいます。

 脳の成長過程では、二つの臨界期があります。3歳までに脳の7~8割ができあがって、聞いたり話したりできるようになります。この幼年期では、模倣と繰り返しが大好きで、意味を考えることなく、言葉のリズムや響きのみでも楽しめます。ですから、幼年期に楽しみながら、大量の言葉を音と文字の図形だけでも吸収しておくことができるのです。

 8~10才を超えた少年期になると、意味を知りたい思いが顕在化してきます。この時期になると、幼年期の素読の時に潜在的記憶の中に蓄積されていた語彙の意味が分かると、ハッとするのです。

 たとえば、『君が代』の「さざれ石のいわおとなりて」という一節の意味を知っている人はほとんどいないでしょう。意味も分からずに、ただ歌っているのは、ちょうど素読と同じです。

 さざれ石とは、石灰質角礫岩と呼ばれる石の一種で、小石が長い年月の間に、セメントで固めたように、互いにくっついて、やがて大きな巌(いわお)となります。まさに一人ひとりの国民が連帯して、大きな「和の国」となっている日本の象徴です。

 幼年期には意味も分からずに歌っていた歌詞が、何年かして、こういう意味だと知ったときに、「そうだったのか」という感動とともに、より深く心に刻まれるのです。

 このように、幼年期に素読で大量の語彙をその響きとともに、潜在記憶に蓄えておき、少年期以降に自分が出会った際に体験的に意味を理解して、その言葉を我が物とする、というプロセスは、脳の発達のプロセスから言っても、きわめて合理的なやり方なのです。

■8.「意味が分かる」ということの意味

 我々は「意味が分かる」という事の意味を考え直さなければなりません。たとえば、小学生に「情けは人のためならず」の意味を説いて、「人に情けをかけることは、自分のためにもなるんだ」と一応の理解をさせることはできるでしょう。しかし、小学生では「ふ~ん」と聞いても、頭の中で意味を知的に理解したというだけで、すぐに忘れてしまうでしょう。

 その後、中学生くらいになって、電車の中でお年寄りに席を譲ったら、お礼を言われて、自分自身が爽やかな思いをし、「あ、これも情けは人のためならずだな」と素読で習った事を思い出したら、どうでしょう。それまでの理知的な理解に対して、実感の籠もった深い理解に達します。物事の意味とは、体験の積み重ねを通じて、理解が深まっていくものです。

 とすれば、はじめから言葉の意味を説明して、小中学生の段階で「分かった」と思い込ませてしまうよりも、その時はまだ分からない事として、その後の人生で徐々に自分なりに感じ、考えながら、意味の理解を深めていく、という方が、深い学問につながります。

 こう考えると、現代教育で、就学前はあまり「聞く」「話す」の機会を与えず、入学するといきなり、抽象的なひらがなから「読み」「書き」、「意味」まで一気に教える、というのは、いかにも人間の成長過程を無視した「押しつけ」教育に見えます。だから、小学校の教室では、冒頭に紹介した保育園ほど子供たちは活き活きしていないのでしょう。

 3才までは家庭で母親や祖母などから、たっぷり語りかけ、読み聞かせをしてもらって脳を育て、3才以降は素読を中心に、先生の読みを模倣しながら、なるべく多くの言葉の音とリズムをくり返し潜在記憶に蓄える。8~10才からは、勉強と人生経験を積んで、それらの言葉の意味の体験的理解を深めていく。

 これが江戸時代までの我が国の子育ての方法でした。それは脳の成長過程に適した、合理的な教育方法だったのです。脳の成長過程に合っているからこそ、漢字カードや素読に子供たちは夢中になるのです。日本中の子供たちが、こういう風に活き活きと国語を学んで欲しいものです。

 読者の皆さんが小さなお子さんをお持ちでしたら、ぜひ語り聞かせ、読み聞かせを十二分にしてあげて下さい。保育園幼稚園に入る年頃なら、ぜひ近所で石井式や素読を実施している処を探してみて下さい。定年後に時間の余裕ができた方々なら、自ら寺子屋を開いてはいかがでしょうか。

 江戸時代の教育は、こうして家庭や寺子屋が担っていました。そうして育てられた人々が、明治日本の世界史に残る躍進を実現したのです。
(文責 伊勢雅臣)

■おたより

■子供の能力を無視した漢字教育(豊雄さんより)

子供の能力の凄さを改めて学ばせていただきました。
小生も保育園で『論語」を教えてます。
子供達はすらすらと暗唱してくれます。

今の教育は、子供の能力を無視しています。
その例として、其の学年に学ぶ漢字が決められています。
例えば「遠足」という熟語は「足」が1年生で「遠」は三年生です。ですから3年になるまで子供達に「えん足」と教えます。

「遠足」などという楽しい漢字は子供達は一目で覚えます。それを「えん足」と教えるのは子供達に負担を与えます。なぜなら、はじめに入った表記を、後え切るかえるのは負担になるのです。
このような子どもの能力を馬鹿にした教育を改善していかなければならないと、つくづく思います。

■伊勢雅臣より

 学年毎に学ぶ漢字を決めているから、「えん足」では、子供達の興味を削ぎ、負担を増やすだけの本末転倒ですね。「遠足」から、「遠」の字を覚えて、「遠方」「遠征」「望遠」「永遠」などと芋づる式に覚えていった方が、はるかに面白いでしょう。


■リンク■

a.JOG(320)子どもを伸ばす漢字教育
 幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、情操も豊かになっていった。
https://note.com/jog_jp/n/n14b95dbcab8e?magazine_key=m0103597746f4

b.伊勢雅臣『世界が称賛する日本の教育』、育鵬社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594077765/japanonthegl0-22/
アマゾン「日本論」カテゴリー1位(8/3調べ)、総合41位


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・川島隆太、安達忠夫『脳と音読』★★★、講談社現代新書、H16
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4061497162/japanontheg01-22/

・松崎泰;榊浩平(著),川島隆太(監修)『最新脳科学でついに出た結論 「本の読み方」で学力は決まる』★★、青春出版社(Kindle版)、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B07H84ZN4W/japanontheg01-22/

・松田雄一『素読をすれば、国語力が上がる! 古典や名文で子供の能力開花』★★★、かざのひ文庫(Kindle版)、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4884699262/japanontheg01-22/

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