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弁護士が気ままに「半沢直樹2」を語る(第1話) 〜ファイアーウォール規制その他〜

「やられたらやり返す、倍返しだ!」

あの「半沢直樹」の続編がいよいよ始まりましたね。最初に白状すると、「あの」と言いつつ、実は私は前作をリアルタイムで視聴していません。普段連続TVドラマを見る習慣がないこともあり、完全に流行に乗り遅れました。前作当時、カプセルホテルかどこかでTV付きマッサージチェアがズラーっと並んでいる中、ほとんど全員が半沢直樹の最終回を観ているというインパクトのある写真がバズっていましたが、私自身銀行業界を外から垣間見る形で仕事をしていることもあり、これは観ておくべきだったなぁと痛く後悔したものです。そんなわけで、今回続編に合わせて総集編やスピンオフが再放送された際はガッツリ観てしまい、遅れを取り戻すかの如く第1話からすっかりハマってしまったわけです。

私は、企業法務系の弁護士として、銀行や証券会社その他の金融機関の方々をクライアントとして仕事をさせていただくことがあります。そういう視点で見ると、半沢直樹はフィクションとして大変に面白いものの、あえて法的な立場から、または業界人(を外から垣間見る人)の立場から掘り下げてみても興味深いのではないかと思えるような点(ツッコミ所と言い換えても良い)が第1話だけでも結構ありました。そこで、せっかくハマったならそういう点をまとめて見ようと思い、Noteを始めた次第です。やる気が続く限り、各話ごとに感想(常にネタバレを含みますのでご注意ください。)をつらつら書いていきたいです。

なお、上記の通り、私は銀行や証券会社の中の人間ではなく、内部の実情を直接見聞きできるわけではありません。実際に法的な問題を抱えている方向けの記事でもございません。また、原作小説も未読ですので、私の感想について、実は原作では説明済みという点もあるかもしれません。気ままに感想を記すものですので、これらの点をあらかじめご了承ください。

第1 銀行証券営業部とグループ内証券会社の主従関係?

第1話では、本作の主題と予想される銀行証券営業部とグループ内証券会社の主従関係が鮮明に描写されました。ここまで明確な主従関係があるのかという内部事情について、外野から見る限り今まではそういうイメージは持っていなかったなぁというのが正直な感想です。

その理由として、一つには、組織のあり方が挙げられます。銀行グループにおける銀行と証券会社の関係については、①頂点に持株会社(「〜フィナンシャルグループ」のような名称で、自らは事業は行わず、グループ全体としての経営管理を行う会社)があり、その傘下として銀行や証券会社等を子会社に持っているパターンメガバンクなど)と、②銀行がその傘下として証券会社等を子会社に持っているパターン地銀さんに多いイメージ)がありますが、②の場合は親子会社の主従関係があるものの、①の場合はあくまで兄弟会社という位置付けであり、半沢直樹の世界の「東京中央銀行」は「天下の」大銀行のようなので、メガバンク型なのかなぁと勝手に思っていたためです。とはいえ、「東京セントラル証券」は明確に「東京中央銀行」の子会社とされていますし、例えばSMBCでは割と最近まで銀行の下に証券会社(SMBC日興証券)がぶら下がっていたので、もしかするとここをモデルにしたのかもしれません。

もう一つには、銀行と証券会社の業務範囲の違いです。いわゆる銀証分離の考え方から、規制緩和が進んだ現在においても銀行本体が行える証券関連業務は相当制限されており、証券会社の仕事としてまずイメージされる株式や社債の引受業務を銀行本体が行うことはできません。当然、逆に証券会社が銀行のように顧客から預金を集めるということもできません(貸付については、証券会社が貸金業登録して自ら行う場合がありますが)。また、証券会社が開発した金融商品を銀行が窓口ネットワークを通じて販売するという金融商品仲介は行われており、その意味では証券会社も銀行の販売力をあてにしているものの、証券会社発の動きですので、これも主従の関係というほどのイメージはありませんでした。つまり、それぞれ強みが違うので業務の実態として会社全体がドラマで描写されたような主従関係にあるような印象は持っていませんでした

ただ、考えてみれば、銀行系の証券会社と銀行本体とでは、後者の方が圧倒的に支店が多く、顧客網が広いのは確かですので、例えば一から十まで証券会社がやっているように見える引受業務でも、その案件を紹介したのは銀行ということはあり得ます。金融庁の監督指針(監督官庁として銀行や証券会社の検査・監督を担う金融庁の職員向けの手引書ですが、一般に公開されていて、検査・監督を受ける金融機関側にとってはいわば宿題リストや採点基準であり、適法適正に業務を進めていく上で常に参照されています。)でも、「銀行が取引先企業に対し株式公開等に向けたアドバイスを行い、又は引受金融商品取引業者(筆者注:証券会社のこと)に対し株式公開等が可能な取引先企業を紹介する業務」が「その他の付随業務」(銀行法10条2項)として銀行の業務範囲内にあることがあえて明確化されているように、銀行が証券会社に引受業務案件を紹介することは昔から行われてきた業務です。また、とりわけ今回ドラマでフォーカスされているM&Aアドバイザリー業務については、銀行でも証券会社でも行われている業務(業務範囲が重なっている部分)ですし、広い顧客網を持つ銀行の方が主導権を握っているとしても不思議ではありません。伊佐山部長がやったようなおこぼれを恵んでやる(笑)ようなことが実際にどこまで行われているのかどうかは存じ上げませんが、この辺りの実態は機会があれば中の方々に伺ってみたいですね。

第2 営業企画部長がアドバイザリー契約の起案?

次に、これは小ネタですが、半沢営業企画部長が東京セントラル証券と電脳雑伎集団との間のアドバイザリー契約をゼロからWordで起案するシーンが出てきましたが、これは明らかにドラマ上の演出と思われます。M&Aのアドバイザリー契約は証券会社の業務の柱の一つで案件も多数ありますので、それについて社内に雛形が存在していないということはあり得ません。今回問題になったフィーの条項については案件ごとに臨機応変に変えることはあり得ますが、それも固定報酬の場合、成功報酬の場合、そのハイブリッドの場合のように場合分けした規定案が雛形化されていて、それを叩き台として修正していくようになっているはずで、ゼロから起案することは考えにくいです。また、契約書の起案を最初から部長が行うというのも通常は考えにくいですね(今回は部下があまりに頼りないので半沢部長自ら筆を取ったのかもしれませんが)。

第3 出た!「時間外取引」

さて、東京セントラル証券から案件を掠め取った東京中央銀行が、電脳雑伎集団によるSpiral買収のために取った手段として、時間外取引が出てきました。時間外取引とは、証券取引所内の市場を介したオークション(競争)方式による売買を行う立会取引時間を避けた相対取引(売り手と買い手が直接一対一で交渉して行う取引)のことをいいます。これはライブドアがニッポン放送株を大量に取得する際に用いた手法として記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。実際の事件が元ネタになっているのは経済小説あるあるかもしれませんね。当時は時間外取引は公開買付け規制の対象外でしたが、ライブドアの一件を機に改正が行われ、買付け後の株券等所有割合が3分の1を超える場合には公開買付けによらなければならないこととなりました。ドラマ第1話で公開買付けによらない時間外取引による取得が30%(=3分の1以下)にとどまっていたのは、この規制を意識してのことと思われます。

なお、ドラマでは完全に虚をついた予想外の奇策のように描かれており、確かにSpiralにとっては敵対的買収という面ではそうかもしれませんが、30%もの株式を保有し続けている元共同経営者が存在するなら、まずはそこと話をつけるだろうというのは少なくとも東京セントラル証券からすれば当然予想できたような気もしますよね。それだけの数の株式であれば時間外取引でないと円滑に取引を行えない気もしますし。

第4 証→銀への情報漏洩?(ファイアーウォール規制)

最後に、第1話のクライマックスとして、東京セントラル証券内部の銀行出向組を介して東京中央銀行に対して電脳雑伎集団の案件情報が漏洩していたことが明らかになります。ドラマではこの情報漏洩自体が大問題とされ、それが明るみにならないよう伊佐山銀行証券営業部長が自分のメールのデータを全てサーバから削除してしまうというそれ自体重大な社内規程違反なのでは?と思われることまでやってしまっていますが(笑)、おそらく情報漏洩が社内規程上は問題なんだろうということは前提としつつ、果たして規制法的な観点からはどんな問題があるのかというのは興味深いトピックです。

まず、前提として、銀行と証券会社の間には、同一グループ内とはいえ、ファイアーウォールと呼ばれる情報障壁が設けられています。いわゆるファイアーウォール規制というやつで、証券会社が、顧客の非公開情報(一般に「顧客の公表されていない財務・経営関連の情報や取引情報」がこれに当たるとされその範囲が問題になることも多いですが、少なくとも今回のような買収計画が該当することは明らかです。)をグループ内の銀行から受領し、又は同銀行に提供することを制限する規制です(金融商品取引法44条の3第1項4号、金融商品取引業等に関する内閣府令153条1項7号)。この規制の主要な目的としては、金融企業グループにおける非公開情報の授受により生じうる弊害に対処して顧客の利益を守ることにあると考えられています。どういう弊害かと言いますと、例えば、銀行の顧客の財務内容が悪化しつつあることを、銀行が証券会社に伝えたために、証券会社が当該顧客の株式を空売りして株価を引き下げるような利益相反行為が危惧されています。また、インサイダー取引規制との関係でも、銀行が当該顧客との取引において入手した非公開情報を用いて、証券会社のトレーディング部門が取引を行う、あるいは、証券会社におけるM&A情報等に基づいて、銀行が当該M&Aの当事者である企業に対する政策投資株式の売買を行う、といった場合が弊害として挙げられます。銀行と証券会社との間で非公開情報のやり取りさえ無くなれば、こうした弊害を根こそぎ排除できる、というのが規制趣旨なわけです。しかしながら、この規制手法ではこうした弊害を生じさせないような情報共有まで制限されてしまい行き過ぎな面があり、せっかく同一グループに属しているのに効率的な営業やシナジーを発揮した商品提案(例えば、法人顧客情報を共有することによって、M&Aに必要な資金を有価証券の発行で賄うとともに、当該有価証券を実際に発行するまでの間銀行がブリッジローンを提供する、といった複合的な金融商品・サービスを提案する等)がやりづらくなるというデメリットがあります。また、利益相反行為、インサイダー取引その他の弊害をもたらす行為にはそれ自体を規制する規定が別途ありますので、上流における情報共有規制を厳しくしすぎる必要性は低いといえます。こうした議論を踏まえ、ファイアーウォール規制は後に緩和され、いくつかの例外が設けられています

一つ目、最も典型的なのは、あらかじめ顧客の書面による同意を取っておくことでしょう(金融商品取引業等に関する内閣府令153条1項7号イ)。今回、東京セントラル証券は電脳雑伎集団との間でアドバイザリー契約を締結したわけですが、通常、同契約には秘密保持条項が規定されており、秘密保持義務の例外事由についても同じ箇所に規定があります。例外事由としては、公知となった情報は除くとかのお決まりの規定が並ぶのが常ですが、ここに東京セントラル証券の親法人等への開示も例外になる旨も規定してあったとすれば(銀行系の証券会社ですので雛形にそのような規定がされていてもおかしくはありません。)、電脳雑伎集団からの事前の同意があったものとして、東京中央銀行への情報共有は、ファイアーウォール規制との関係では実は問題視されるようなものではなかったということになります。

二つ目、規制緩和によって追加された例外として、法人顧客(個人顧客相手には使えません。)との関係で、「オプトアウト方式」による情報の相互提供という制度があります(金融商品取引業等に関する内閣府令153条2項)。「オプトアウト方式」とは、あらかじめ、顧客に関する情報を銀行と証券会社とで相互に提供する旨を、顧客に通知することにより、顧客に情報提供停止の機会を適切に提供している場合は、顧客から「情報相互提供停止の通知」をしない限り、かかる情報提供につき顧客からの「書面による同意」(上記一つ目の例外)があったものとして取り扱うことが認められる方式のことをいいます(実例として、例えば、SMBCとSMBC日興証券との間の情報共有について)。「オプトアウト方式」を利用する場合は、わざわざアドバイザリー契約の条項上で同意を取ったり、別途同意書面を書いてもらったりしていなくとも、この方式を取っていることを一方的に通知しておけば、通知を受けた顧客から情報共有しないでくれと積極的に言われない限り、銀行と証券会社の間で非公開情報を共有することが可能になります。東京セントラル証券と東京中央銀行の間で「オプトアウト方式」を利用した情報共有が行われているかどうかまでは流石にドラマでは描写がありませんし、仕事を奪い合う関係らしいので一見やってないかのようにも思えます。しかし、伊佐山部長が不採算案件を恵んでやる(=押し付ける)様子は描写されていて、これは明らかに東京中央銀行から東京セントラル証券への非公開情報の提供なんですよね。したがって、不採算案件の方だけあらかじめ個別に各顧客から同意を取っておいたというのでない限り、「オプトアウト方式」による銀行と証券会社相互の情報共有が行われていた可能性も相応にあるように思われます。この場合、契約締結時に一式交付する資料の中に「オプトアウト方式による情報共有のお知らせ」みたいな書面を含めるロジになっているはずですので、ちゃんとそうした措置が取られていたとすれば、電脳雑伎集団からの事前の同意があったものと見做され、東京中央銀行への情報共有は、ファイアーウォール規制との関係では実は問題視されるようなものではなかったということになります。

三つ目、これは解釈上の例外として、金融庁の見解とはズレるかもしれませんが(したがって実際にこの例外に依拠することにリスクはありますが)、今回のような銀行によるマーケティング目的の情報共有の場合、ファイアーウォール規制上の顧客の同意が必要な非公開情報の授受にはそもそも該当しないという見解をとることも考えられます(「金融グループにおける証券関連業務を巡る諸問題」金融法務研究会(2016年3月)6頁参照)。法人顧客情報保護の趣旨からは、法人顧客情報をビジネス目的(利益相反行為等を目的とするわけではなく、顧客に新たに商品やサービスを勧誘する目的)のために他のグループ企業に利用させることは、そのこと自体から当該顧客に経済的不利益が生じることは原則として考えられないため、当該顧客の同意がなくても許されるというのがこの見解の論拠です。ドラマ第1話で行われた東京セントラル証券内部の裏切り者による東京中央銀行への情報提供についても、今回の顧客である電脳雑伎集団が何かしら経済的不利益を被ったのかと言われれば、NOです。むしろ東京中央銀行から「大変魅力的な提案」をいただけることになって電脳雑伎集団としては大満足だったわけです。この見解による場合も、やはり東京中央銀行への情報共有は、ファイアーウォール規制との関係では実は問題視されるようなものではなかったということになります。

このように見ていくと、半沢部長ら東京セントラル証券の面々としてはメンツを潰され、大きなビジネスチャンスを奪われることとなった情報「漏洩」ですが、規制法的な観点からは、所定の手続きさえ踏まれていれば、漏洩ではなく適法な情報「共有」だったといい得る余地も大いにあるのが興味深いですね(重ね重ね念の為、上長である半沢部長に報告せず勝手に共有したことが社内規程(利益相反管理体制に関する社内規程が必ずあるはず)上は問題になるだろうというのは大前提ですが)。


上記の点の他にも演出上のツッコミ所は多々ありそうですが(電脳副社長の「取締役会なんて形だけ」発言等)、私の主な取扱い分野である金融規制に関連して特に興味深かったのは上記の点でした。既に長くなってしまったので今回はこの辺で。何れにせよ、ここから半沢部長がどう反撃に転じるのか第2話以降も目が離せませんね!

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