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家に帰ってきました

こんにちは チエです。

先日、夫も無事、家に帰ってきました。

季節がら、火葬場が立て込んでおり葬儀ができなかったのが、やっと無事に行えて家に帰ってきました。

前日の日には会えて、息子の話をしたり、さくらの花咲く頃まで頑張るのよ。わたしに有り難うって言ったかしら?なんて話もしたのですが

翌る日の夜、コロナ感染症が原因で旅立ちました。
さくらの花の咲くまでは無理って言ってましたが、河津桜の花は咲いてますね。

ほっこりした顔してました。
約束は果たしたぞ!ってな顔で。


ふたりで暮らして、何年だろうか、20年は経つ。

学びの多き年月でした。
人は、どんな人でも半年前から善人になるとかなんとか?

義父の時も、義母の時も、母の時も、なんとなくクセのある人たちが、悟りを開いたような人になっていく気がしてます。

夫も多分そうでした。
終わりよければ全て良し

そんな感じです。
頭に残るのもその時のことが
ほっとした感じで
癒され時間のようです。


わたしはおひとりさま暮らし
長男には、仕方ないな
好きなようにやって良いし

そんな感じでした。

病院からの連絡後
葬儀屋さんへの手配
葬儀の相談
なんとなくひとりでやった。


息子家族も、平日1日て執り行うので、バタバタ皆、準備があるらしい?洋服は、床屋は、仕事は、子供の学校は、バタバタしてたはず

息子ふたりなので
どちら様の家族にも、面会後には手紙を書いて夫の様子を知らせ、家族で皆読んでくれていたはず

でも、突然にやってくる知らせ
当たり前なんですが、結婚式は予定通り。しかし、葬式は突然やってくる。


葬儀当日の朝、
子供が熱を出した!
まあ、大変なことです。


事情で、わたしたちは
息子家族とはもう何年も会ってない。まあ、事情で。


でも、
ふた家族ともに、参列してくれた
ひとりはもう高校生
この子は、嫁の連れ子、だけど慕ってくれて、息子とも仲良くやってる。背も大きくなり

息子が小さいときやってた剣道を、受け継いで今もやってるらしい。どこまで話してあるのか分からないけど、

キチンと頑張って仕事し家族を守り、喪主も務めた。


もうひとりは、式の当日、突然家族を連れて現れた。
夫とはなさぬ仲、過去のことを引きずり、わたしのことでも、心が痛んでいる。仕方ない。

次男の娘はもう中学生
デリケートな年頃のこどもたちに、わたしたち迷惑掛けてました。


あああ~来てくれた。
嬉しかったです。が、お弁当の数が、アタフタ、頭が混乱してる。


なんとかなるものですね。

夫の顔は、軽く笑い、綺麗でした。きっと、分かっていたんでしょうね。


わたしこの1週間の間に、白髪がドーンと増えた気がします。
眠れぬ夜でした。

葬儀屋さんにいる夫には
いっぱい話してました。


今はもう自由だから、
どこへでも飛んでいけるから
会いたい人のところに行って来なさいね。

きっと分かってるとは思うけど
夫、変な人で
義母が亡くなる頃、妹さんが迎えに来ていて、夫に会いに来てたんです。妹さんはもう亡くなってるんですよ、

まだ迎えに来たらアカン
帰れ!って言ったと言ってました。その時は、息子が鬼祭りの神役の時で、不幸があったら神事が出来ない。


無形文化財の神事が出来ない
そんな時の義母でしたが、祭りが終わってから、亡くなりました。


きっと、お父さんもお母さんも、妹さんも、お婆ちゃんも迎えに来てくれてたと思うのです。
今なら良いね?❤きっとそうです


毎日仏壇を開け
まだ迎えに来ないでねと言うわたしでした。

入院したときから
年末まで頑張って、お正月一緒にねって
誕生日で78になるから、それまで頑張って

また、春のさくらの花が咲くまで
一緒に見ようねって
言ってました。


共に過ごして来た時間は50年近い
好きなときもあったけど
嫌いなときもあった


でも、最期まで過ごし
ふたりの息子達が、わたしたちの息子達が、家族を護る姿を見て

あああ~
貴方の人生は価値あるものでしたと、今、家で素敵な戒名を戴けたことに、ご先祖様も、応援してくれてたんだなあって
線香をあげながら

書いてます。

これからが本当のひとり住まい
おひとりさまになります。

これからもよろしく
お願いします。


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