息子、はじめての…

あれは、3月の初め。
学校から直接クリニックへ向かうため、
久しぶりに迎えに行った。

雪深いこの土地の春はまだ遠い。
冷たい風、雨混じりの雪。
3月が桜の季節だなんて、
おとぎ話でしかない。

校舎近くのバス停で、
ポケットに手を突っ込みながら、
まだかまだかとバスを待っていると
おもむろに息子が言い出した。

「ねぇ、
ママはパパと こい したの?」

一瞬、何を言われたのかわからず、聞き返す。
「こい?」

「うん。こい。」

「こい って、誰かが誰かを好きになるとかの?」

「そう。」

「そうだね……。恋をしたから、パパと結婚して、あなたが生まれたんだよ。」

普段あまり自分から話さない我が子。
どうしたのかと思っていると、

「そっかぁ。
あのね、ぼく いま こい してるの。」

……!

私の心に花火が打ち上がった。

マスクの下にあるニヤけ顔がバレないよう、必死に平静を装う。
ここで茶化してしまったら、
きっと、2度と自分から
話してくれなくなる。
自然に、自然にふるまわなければ……!

「そうなんだ。いいね!素敵だね!」

「うん。それでね、今日ね、その子のお友達に呼ばれて、水飲み場へ行ったら、ぼくが恋している子がいたの。」

次から次へと聞きたいことが溢れてくる。

名前は?可愛い子?どんなところが好きなの?
いけない。我慢しなくては。

「そっか、そっか。それで?」

「そしたら、その子も僕のこと好きだったの。」

「両想いだったってこと……?」

「そういうふうにいうの?そうなのかな。」

なんということだろう……!
息子の初恋は、両想いだったのだ……!

「そうかぁ!いいね!あなたが誰かを好きになることも素敵だし、自分のことも好きって言ってもらえるのは幸せなことだね。」

私のテンションは鰻上り。今日の夕飯は赤飯に決まりだ。ついでに鰻もつけようか。

「でも、ひみつなの。みんなにひみつにしてるの。ひみつの恋なの。ママにも誰かはひみつ。」

「あらまぁ。秘密なんだ。ドキドキするね。
あれ?でも、あと少しでクラス替えだね。
その子ともクラス変わっちゃうかもね。」

「だいじょうぶ。中学校も同じだと思うし、クラス変わっても会えるから。」

進学したあとのことまで考えているとは驚きだ。

「中学校も一緒なんだ。それなら安心だね。」

「うん。ゆうこちゃん(仮名)とは……
あ!言っちゃった!」

慌てて両手で口を隠す息子。
たった数分の「ひみつ」の短さに、私も息子も笑ってしまった。

小さな手の隙間から覗く笑顔が、
いつもより可愛らしく、キラキラして見える。
なんと尊いことか。

あぁ……。
この子の心に、
人が人らしくあるための、
宝石のような輝きが見える。
誰にでも訪れる、尊い気持ちが芽生える瞬間を、
今、私は目にしているのだ。
小さな宝箱に入れて、大切にしまっておきたい。

全ての人が、
この瞬間の気持ちを忘れずにいれば、
きっと、争いだってなくなるはず。
目を瞑りたくなる、
耳を塞ぎたくなるニュース。
それを扇動している人々にも
小さい頃は同じ気持ちがあったはず。

この子の笑顔が消えないように、
守っていかなければ……。

「あ!ママ!バス来たよ!」

「本当だ!ひみつの話を聞かせてくれてありがとう。」

「えへへ。」

ほんの5分間ほどの話。
忘れられない時間。
バスから見える、知っている風景も、
今日は一味違う。

春はそこまで来ている。

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