厚揚げ



肉が食いたい。
野菜では得られない満足感を。
私が食べたいのは肉だ。

しかし肉が食えない。
私は痩せなければいけないから。

私はすっかり脂の誘惑に負けてしまっていたのだ。
焼けば甘く煮れば旨い。
私はすっかり肉の味に捕らわれていたのだ。

痩せねば。つまり肉を食うなという事である。
肉のない食事なんて。
野菜炒めは肉料理だし、
カレーにシチューも肉料理。
肉じゃがは肉が主役だし
サラダが皿の上でステーキに下剋上するなんて
あってはいけない話だろう。

トボトボと向かった冷蔵庫を静かに開ける。

そこに、厚揚げがあった。

肉厚な肌は黄金色に焼け
纏った揚げ油の反射する白い照りの鮮やかさは
豆腐というにはあまりに肉々しかった。

私は厚揚げを魚焼きグリルに放り込んだ。
小窓から覗く厚揚げの炙られた素肌は
ジュワジュワと音を立てながらどんどん身を引き締めていく。
軽く焦げ目が付いた焼き上がりに景気よく包丁を入れると
楽器みたいにいい音がした。
一切れ口に放り込む。
焼いた肉の端の焦げて硬くなった所を
口いっぱいにほうばったような旨味が広がった。

今度はあま~く煮込んでみた。
酒に味醂に砂糖に醤油。
合うもの全部入れてみる。
酒気を飛ばすと立ち昇るのは
香ばしい醤油と砂糖の甘い香り
食べる前からもう美味い。
上品に皿に持って見て、昇る湯気を眺めてみる。
今になって、熱いお揚げを食べるのが初めてだと気付いた。
すっかり汁を吸って重くなったお揚げを箸で摘まんで
大きく切り過ぎたと反省しながら一口前歯で噛みちぎる。
熱い汁が舌の上で洪水みたいに滲み出ると、
私の火傷しそうな口の中はもう、
すっかりお揚げの甘じょっぱさに満たされてしまった。
胡椒をかけるともっと良かった。

焼けば旨く煮れば甘い。
こんな幸せ知らなかった。
私を太らせた小さな呪縛が脂のように解けていく。

もう厚揚げでいいや。

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