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田中邦衛と六匹の猫

2022 10/31(月)
 
唐十郎の「唐組」のテント演劇を観に行って来た。
友人の俳優、中村健が出演するからだ。
テント演劇は初めてなので、なんだかキャンプに行くようなワクワク感だ。
しかも、開演が19時からだから、夜のキャンプ場に行くようで、ますますワクワクした。
会場は、雑司ヶ谷にある、鬼子母神堂である。
安産祈願で有名な鬼子母神堂の境内には、ジブリのアニメ
「おもひでぽろぽろ」のモデルになった駄菓子屋さんがある。
※昨日の日記に詳細を書いているので読んでみて下さいませ。
俺は、18時頃、雑司ヶ谷の住宅街を歩いていた。
薄暗い中、異界に迷い込んだように、鬼子母神堂が突如として姿を現した。
赤く光るテントが見える。
あれが「唐組」のテントであることは間違いない。
間もなく到着するが、到着してしまったら最後、異界に連れ去られてしまうのではないかという恐怖心を振り払いながら、俺は鬼子母神堂の中へ入った。
そんな大げさなというかもしれないが、夜の鬼子母神堂から漏れる光は、
一種、異様な世界への扉であり、この演劇があることを知らず、たまたま、テンションの低い状態で通りかかったら、自分は死後の世界にやって来たのではないかと勘違いするかもしれない。
境内に入ると、既に多くのお客さんがいた。
その様子は、これから演劇を観るといった空気ではなく、なんだか、秘密の集まりのようである。
そういえば、今回の芝居の題名が「秘密の花園」であるから、余計にそんな雰囲気がする。
赤いテントは、受付になっていた。
てっきり、ここが演劇をするテントだと思っていた。
数名のスタッフが、このあと18時半から入場を開始する為に、整理券を配っていた。
その横に、大きなテントが建っている。近くまで来ないと気づかなかったのは、ライトアップされてなかったからだ。
懐かしいサーカスを思い出す。
確か、唐十郎がテント演劇を始めたのは、寺山修司と電話で喋っていて、「サーカスみたいに、テントでやったら面白い」
と寺山修司が言ったのがきっかけだったという話を聞いたことがある。
なるほど、こうやって目の前でテントを目にすると、サーカスを観に来たようなワクワク感がある。
ここに来るまでは、キャンプのワクワク感だったが、サーカスが始まるようで、今度は、ドキドキしてきた。
辺りを見回していると、赤いテントの灯りの中、見覚えのある男がいた。
薄暗く、灯りでシルエットになっているのは、中村健であった。
まるで韓流スターのようだ。
俺は、ゆっくりと中村健に近づいた。
シルエットが段々となくなって、くっきりと姿が見えてくる。
「おお!リャンさん!」
中村健が俺に気づいた。
「リャンさん!」
リャンさん、とは中国人に会った訳ではない。
俺が昔、名乗っていた芸名である。
俺は、京都で演劇をやっていた頃、ハラダリャン、という芸名で活動していた。本名が、原田亮なので、それが由来である。
ちなみに、三遊亭はらしょう、という名前も本名が原田だから、師匠の円丈から、はらしょうと名づけられた。
しょう、は、円丈の師匠の、三遊亭圓生の「生」からきている。
だから、前座の時は、はら生、という名前だった。
余談はさておき、シルエットのなくなった中村健は、韓流スターとはほど遠く、単なるおっさんだった。
「おお、来てくれてありがとう、受付すませたんかいなぁ」
相変わらず、強い大阪弁が、おっさんレベルをアップさせる。
これだけ大阪弁が強いのに、芝居になった途端に、きれいな標準語を喋れるから不思議だ。俳優の才能である。
「18時半から整理券順に並ぶから、はよ、整理券もらった方がええでぇ」
「おお、分かったわ、いくで」
と、こちらも神戸出身なので強い関西弁を出しながら、赤いテントで受付をすませた。
開演前にトイレに行っておこうと、俺は境内を出た所にある公園の便所に移動した。
何やら、ざわざわしていたので見ると、便所の傍の草むらの前に、人だかりが出来ていた。
気になって、後ろから覗き込むと、ニャアニャアと野良猫の姿が見えた。
それも一匹ではなく、ぱっと見ただけでも六匹はいる。
野良猫たちは、寄り添うようにして座っている。
夜になって気温がさがってきているので暖まろうとしているようだ。
とても心配だ。
俺は、みんなと一緒にしばらく見ていると、どこからともなく、北の国からの田中邦衛みたいなおじさんがやって来た。
田中邦衛は、荷物を沢山抱えており、公園にどっと置くと、そこから何枚かのお皿を取り出し下に置いた。
そして何か食べ物を入れ始めた。
その途端、猫たちはいっせいに、田中邦衛に近づいて来た。
良かった、安心した。こうして面倒を見てくれる人がいるのだ。
俺は、田中邦衛に、北の国からを観た時よりも涙腺がゆるんでしまった。
時刻は、18時半。境内の方から、スタッフの声が聞こえて来た。
「これより入場を開始します、まずは、整理券の番号がチケットに直接書いてあるお客様からご案内いたします」
俺の整理券は、小さなカードに青い文字で書かれたものだから違うようだ。
間もなく呼ばれるから、テントへ移動しよう。
俺の後ろでは、寒空の中、田中邦衛の優しさに、六匹の猫たちがニャアニャア嬉しそうに鳴いていた。
 
※続きは後日
 
 
 
 
 
 
 

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