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映画「少林寺三十六房」ごっこ

2023 1/4(水)
 
しばらく日記が滞っている。
こういう時は、昔、書いた文章を掲載するのがいいだろう。
ネットには載せていたものの、5人くらいしか読んでなかったエッセイである。
今回は、2015年に書かれたものだ。
子供の頃に観た映画「少林寺三十六房」についての感想である。
勝手に授賞式風にして、コメントしている。
それでは、はらしょうアカデミー賞をお読み下さい。

「少林寺三十六房」について  2015頃執筆

子供の頃に観た、強烈に印象に残っている映画の多くが、二流のカンフー映画である。
それも、当時の子供たちのヒーローだったジャッキーチェンの「ドランクモンキー酔拳」や「スネーキーモンキー蛇拳」などのコミカルカンフーものより、頭ツルツルのリュー・チャーフィーの「少林寺三十六房」や「ガッツ・フィスト魔宮拳」などのシリアスカンフーものだった。
リュー・チャーフィーは、その風貌から、よく頭ツルツルのリー・リンチェイ(のちのジェット・リー)と間違えられていた。
しかも、当時、リー・リンチェイ(ジェット・リー)が出演していた映画も「少林寺」「阿羅漢」など、全く同じティストだったので、いまでも同一人物だと思っている人が多くいるのではないか。
近年の、リュー・チャーフィーの活躍といえば、大ヒットした、タランティー監督の「キル・ビルvol.1」と「キル・ビルvol.2」に出演していることである。
もともと1作の予定だったのが、上映時間が長すぎる為、2本に分けて公開されたという稀にみる作品である。
その「キル・ビル」に、リュー・チャーフィーは、英名の、ゴードン・ラウ名義で出ている。
リュー・チャーフィー=ゴードン・ラウ
なんともややこいしい、別人かと思ってしまう。
「キル・ビルvol.1」の時は、目だけ覆面の凄腕のカンフー使いの中年の役、「キル・ビルvol.2」の時は、白髪の凄腕のカンフー使いの老人の役で派手な立ち回りを披露している。
だが、おかしなことに、この時は「1」と「2」では別の役なのだ。
つまり、目だけ覆面のカンフー使いの中年が、歳をとって白髪の老人になったのではなく、完全に違う役として出演しているのだ。
しかも、「1」の方では目だけ覆面をつけているから、誰だか分かり辛く、指摘されるまで映画ファンでも気が付かない。
これでは、リュー・チャーフィーは「1」には出演していないという事になってしまうではないか。
あの目だけ覆面のおっさんは誰なのか、キレのある動きをしていたから、もしや、リー・リンチェイ(ジェット・リー)なのでは!などと、またここでも間違えられるパターンも出て来た。
しかも、あの映画は、最初は1本で公開する予定だった訳で、何故、1本の映画の中に、同じ俳優が違う役で出演しているのだ?
「仁義なき戦い」で、前作で死んだはずの川谷拓三が、次回作では、違う役で出ているのとは訳が違う。
タランティー、適当すぎるではないか。
リュー・チャーフィー、かわいそうではないか。
さらに、今これを書きながら、もっとかわいそうなケースに気付いた。
リュー・チャーフィー不在説だ。
そもそも、リー・リンチェイとジェット・リーが別人に思われている可能性があり、かつて少林寺系の映画に出ていたのは、リー・リンチェイで、現在、ハリウッド映画に出ているのは、リー・リンチェイにそっくりの、ジェット・リーという俳優。
同時期に活躍していた、二人の少林寺系の頭ツルツルが、リー・リンチェイだけしか存在していない。
つまり、もうこうなってくると、リュー・チャーフィーは、存在すらしないことになって来る。
これが、「新説・リュー・チャーフィー不在説」だ。
ああ、ここまでリュー・チャーフィーのことを書いてきたけど、まだ、この時点でも、リュー・チャーフィーの事にピンときてない人は沢山いるかもしれない。やっぱり、本当に存在していないんじゃないのか。
俺も、この件に関して自信がなくなってきた。
いや、そんな訳はない。
あの、二流カンフー映画の一流にふさわしい「少林寺三十六房」で大活躍していたではないか。
三十六もある厳しい少林寺の修行。
その、三十六の部屋を順番に回って行く主人公。
ひとつの部屋で修行を終える事に、少しづつ強くなって行き、最後の三十六房目を終えたあとには、無敵になっているという、それまでのカンフー映画にはなかった設定だ。
子供の頃、金曜ロードショーで、ビデオに録画していた俺は何度も観た。
観る度に「僕も強くなれるんだ」と影響され、実家の1階から2階までの四つの部屋を、少林寺三十六房に見立た。
掛け算を習ったばかりだったので、一部屋を九部屋分と計算して「アチョチョチョー」と、なぜか気合いだけは、ブルース・リーのような怪鳥音を響かせながら歩いて行った。
だが途中から、一部屋を九分割するのが面倒くさくなってきた俺は、最後の方には、「少林寺四房」と完全に開き直りながら修行を続けていた。
四房では、強くなれる訳がない。
ここまで子供の心を突き動かした男、リュー・チャーフィー。
出演本数は少なかったけれど、確実に俺の中では、修行すれば誰もが強くなれるんだという希望を教えてくれた。

・後述

所で、最近はどんな映画に出てるのだろう?
これだけ熱く語っては来たものの、検索しなければ情報が全く分からないのが、リュー・チャーフィーらしい。
 

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