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熱心な仏教徒コックのシットさんの巻き起こすアメージングストーリー

熱心な仏教徒コックのシットさんと言う人が2ヶ月程働いて、糖尿病が悪化して辞めてしまったのだが、その2ヶ月間にシットさんの「熱い信仰心」が巻き起こした面白いエピソードを紹介します。

シットさんは料理も美味いし、タイ人が苦手な料理の分量も、盛り付けもキッチリしててとってもステキなコックさんなのだが、
両鼻から「赤塚不二夫のマンガ」みたいな見事な鼻毛が1センチ位出てるのがとっても残念な男だった…

シットさんが入社初日の朝、裏口から店に入ると、店頭の自動ドアが開けっぱなしで、線香らしき煙がモクモクしてるので近くに行ってみると、
かかとが踏み潰されたコックシューズが揃えて置いてあり、店の入口の横に飾ってある「カミサマ」とタイ人コックさん達が呼んでる、社長が、バンコクのチャトチャックで買って来た

「流木の様な木に鈴が付いてるオブジェ」

みたいな物に、シットさんが裸足で土下座みたいな格好でブツブツいいながらお祈りしてる…

恐る恐るシットさんに近づくと、ご飯とカレーとガパオガイとパンが「自前のお供え食器セット」みたいなのに入っていて、
更に店のロックグラスに氷入りの水と、もう1つのグラスに米を入れ、その中に花火ぐらいの大きさのタイの巨大線香が10本以上挿してありモクモク煙を上げていた。

俺に気付いたシットさんは、ニコニコしながら「ブッダ、ブッダ」と言って手を合わせてる…

じゃあとりあえず俺も…
と思い、カミサマに手を合わせると、シットさんが嬉しそうに鼻毛を出しながら笑った。

しかし、この花火見たいなタイのお線香の煙ヤバくないか?
と思ってたら店の前の道に、ウチの店の向かいにある、江戸時代から創業してる老舗紙屋さんのパートさん達が、水が入ったバケツを持って

「何が燃えてんの?ねぇ!何が燃えてんの?」
と、店に小走りにやって来たので、

慌てて「すいません!巨大お線香ですから大丈夫です!す、直ぐに消します!ホントすいません!」
と、言って、パートさん達のバケツの水に、
10本以上のもくもくと煙を撒き散らすタイの巨大お線香をグラスから引っこ抜き、バケツに突っ込んで火を消した…

ナニこの煙の量!まったく人騒がせもいいとこよっ!
火は危ないから気をつける様にして下さいっ!
お願いしますよっ!

はいっ!気を付けます!
お騒がせしてすいませんでした!

と言って、頭を下げて謝った。
シットさんも謝れ!ほらっ!

と、シットさんをみたら「オモチャを取り上げられた子供」の様な顔をしながら俺と一緒にぎこちなく頭を下げていた…


シットさんは、休憩時間も他のタイ人達はソファ席に毛布を掛けて寝てるのに、シットさんだけ1人でイスにあぐらをかいて、画面がヒビだらけのiPhoneにイヤホンをつなげ、タイのお坊さんの説法動画の様なのを見ながらブツブツとお経を唱えてるのだ。

お経を唱える分には良いのだが、シットさんは時々お経を唱えてる最中に「クククク…」と笑ったりするのが非常に不気味だった…

数日後、夕方にシットさんが「地下鉄に携帯と定期券忘れちゃった!」と大騒ぎしてるので、どこで失くしたんだ?と聞くと
「マルノウチ ライン!イケブクロ〜、からオオテマチィ!」

わかった、シットさん、めんどくせぇけど行って来てやるよ。


ウチのコックさん達は、小学生より日本語がわからないので、こういう場合いちいち面倒を見てあげないといけないのだ…

すると、あるか無いか分かんないのに、大喜びで俺の事を拝むシットさん…

大手町の千代田線の改札にいる人に「丸の内線の池袋〜大手町間で携帯落としちゃったんですが…」と聞くと同時に、テキパキと俺にいくつか質問し、落し物センターらしき所に電話を掛けてくれ、「今のところ、その携帯のお届けはありませんが、明日もう一度この電話番号に問い合わせてみて下さい。」

凄く気持ちの良い対応をしてくれ、見るからに誠実で、それでいてユーモアも兼ね備えてる雰囲気を持った駅員さんに、何故かその時
「ああ… 俺がもし女だったらこんな人に惚れるのかも知れない…」
って生まれて初めて思った。

本当に御丁寧にありがとうございました。
と、頭を下げたが、「これじゃぁ普通だな?なんかもっと俺の感謝の気持ちを伝えないと…」
と咄嗟に思い、スルスルっと俺の口から出たのが、
「あの〜、凄くメガネが似合う顔の形ですね!清潔感が溢れてます!」

と、訳のわからない事を口走る俺…

「は?はぁ…」と、困惑する駅員さん…

「うわぁ〜〜、何言ってんだよオレっ!」と思いながら恥ずかしくなり「あっ、ありがとうございました!」と慌てて立ち去った。

店に戻ると、シットさんがまた拝みながら俺を出迎えてくれたが、
まだ届けられていないって…
明日また電話してみるよ。

と伝えると「アガァ〜、アガァ〜」と残念がってるシットさん…

ホールに昔からの常連のお客さんがいたので、シットさんの話しをすると「定期券は再発行して貰えるよ!」
と教えてくれたので、早速シットさんを連れて神保町駅へ向かった。

半蔵門線の改札の人に問い合わせると、「そうですか、もしかしたら届けられてるかもしれないので、聞いてみますから事務所へどうぞ。」
と事務所へ案内された。

ここでも丁寧に対応され
「まてよ…ひょっとして改札の人達は、切符を切らなくなってから常に暇でやる事が無く、俺らみたいのは格好の暇つぶしの相手なのか?」
そういやぁ大手町の人も神保町の人も「待ってましたぁ!」みたいなイキイキ感があるし…

そうだとすると、お互いに好都合なのか?

いや、それは違う、大手町の都営三田線の改札にいたラクダ顔の奴は、椅子に座ったまま上目遣いで

「ああ、丸の内線はメトロで聞いて下さい。」

と、ごく普通の対応なのだが、座ったままあからさまに面倒くさそうにモゴモゴ言いやがって、「お前の口の中には藁が入ってんのか?あん?」
と言ってやろうか?と思う程イラっとした。

要は、座ったまま上目遣いで対応するのと、立って正面から顔を見て対応するだけで、全く印象が違うという事だ。

公営と民間会社の違いなのかなぁ…
そんな事を考えながら事務所で待ってると、「ありましたよっ!四谷三丁目の駅に届けられてました!」

そうですかぁ、ありがとうございます!

と、深々とお辞儀をする俺を見て、何言ってるか分かんないが、定期が見つかった事を察知したシットさんが、突如激しく興奮し、まるでチンパンジーの様に「キーキー」と奇声を上げながら飛び跳ねた後、駅員さんに向かって「オオ〜ブッダ、オオ〜ブッダ」と言って拝み出した…

慣れない喜び方をされ、駅員さんの顔がひきつって来たので「シットさん、分かったよっ!分かったからっ!猿じゃないんだからもう止めろ!」
と肩を叩くと、今度は俺に向かい「オオ〜ブッダ、オオ〜ブッダ」と拝み出す始末…

事務所にいる女性職員が小声で、「ブッダって言ってるよ、ブッダって…」と言いながら懸命に笑いをこらえてて、それを聞いてる男性職員他、その場にいる人みんな懸命に笑いを堪えてる顔をしてて、めちゃくちゃ恥ずかしくなって来て
「信じる者は救われるって事でっ!皆さま本当にありがとうございましたぁぁぁ〜〜!」

と言って「オオ〜ブッダ!ブッダ!」と、職員の人達にまでも拝み始めたシットさんを強引に連れ出した。

シットさん、明日の朝のお祈りは気合入れるんだろなぁ〜と思いながら2人で店に戻った。

明くる朝、「カミサマ」を拝みに行くと、いつものお供え物に加え、巨峰などのフルーツが追加されていた…

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