擬古典体の愉楽 トマス・ピンチョン「メイスン&ディクスン」
のっけから凡庸な説明が許されるのであれば、現代文学の金字塔の評判高いトーマス・ピンチョンの一冊である。その全貌は、何度と齧りながら消化するに至っていないが、なぜかこの小説については2回も購入してしまった。一つには擬古典調の文体での書き出しが、十八世紀の米国の世界へと一気に没入させてくれるからだった。これも言葉の使いまわしの妙にだまされているだけなのかもしれないが、固有名詞ふんだんの風俗描写がタイムマシンの機能を発揮し、二百年前の世界が目の前にあるような感覚を味合わせてくれるのだ。引用では省略しているが、ここにルビがついていて更に楽しい。
今日多くの英国人・米国人も忘れているようであるが、1761年メイスンとディクスンは英国王立協会の命を受けて太陽面の金星通過の天文観測の旅に出る。行先はフランスとの戦争の渦中にある島々。シーホース号には敵船の砲火も待ち受けている。天文観測から帰ってきた二人は今度はアメリカのペンシルバニア植民地とメリーランド植民地の境界線を測量して策定するよう命を受けて再び出かける。この間に1769年の太陽面の金星通過の天体観測があり、二人も候補になるが、選ばれたのはチャールズ・グリーン、その船の船長はキャプテンクックだった。
珍道中をお笑い満載で描いている小説の方は、読み進めても文字に目を通したに留まるところ少なくなく、著者の期待どおりの謎解きはできていないように思うことしきりであるが、再読を諦めさせない背表紙が今日も本棚で待ち続けている。同好の士の未踏の旅への同行を待ちたい。
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