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タイトル『おどろきのウクライナ』より「おどろきの中国&ロシア」のほうがふさわしい?

タイトルに偽りあり?

橋爪大三郎と大澤真幸という、日本を代表する社会学者2人による新書の対談本である。最初に感想を書くと、この内容でこのタイトルはないよ。ただし、羊頭狗肉で内容空疎、というわけではない。つまり、内容に問題があるわけではなく、その肝心のウクライナに関する記述が全体の3割くらいしかないのである。

あのロシアと戦っているウクライナとはどんな国で、どんな歴史を持ち、ゼレンスキーとはどんな人で、なぜロシアに攻められる事態に陥ったのか、そこにはどんな「おどろき」があるのかを期待して読んだ人は、肩透かしを食らった感じだろう。

では何が、本来もっとウクライナに割かれるべき分量を圧倒しているかというと、イスラムであり、ウイグル。そして最もページが割かれているのが、ウクライナ戦争の当事者国たるロシアと、中国なのだ。

西方教会と東方教会の違いを今もひきずっている

そのロシアに対する橋爪の分析が冴えている。
ロシアとヨーロッパの最大の違い、つまり、ロシアをロシアたらしめているものが、ヨーロッパ諸国の源となっている西方教会(カトリックおよびプロテスタント)と、ロシアが引き継いだ東方教会(ギリシャ正教)の違いに端を発するという。

西方の教会は武装していない。対して、国王や貴族は軍事力をもっている。そこで、教会は、彼らにやられまいと、自分たちの歴史と権威を見せつけ、結婚や葬儀をとりしきったりして、ソフトパワーの充実を図ってきた。
こういう社会で生きている人たちは、軍事力と、信仰や良心を峻別して考えることができる。聖と俗の主体が違うからである。結果、宗教改革も可能になり、歴史や哲学といった学問も発達する。

一方の東方教会下では、軍事力は国王のもとに集まり、その国王は教会を全面的に保護することになっている。聖俗一体で、統治権力と宗教権力が分離しない。すなわち、宗教改革は起きない。歴史や哲学も発達しない。その体制が今の東ヨーロッパと旧ソ連(ロシアもウクライナも)に受け継がれているというのだ。

中国はジェネリック資本主義

さらに、中国はこのロシアや旧ソ連諸国とも違う。中国は社会主義国でありながら資本主義システムを取り入れるという壮大な実験をずっと続けている。アメリカや欧州と比べ、(今はかつてほどではないが)中国においては人件費が非常に安かった。医薬品に例えると、ジェネリック〈後発医薬品)であり、中国の資本主義はジェネリック資本主義だと。これも橋爪の言葉だ。

その政策を一心に牽引しているのが、中国共産党という組織だ。今までは一見、中国のシステムと、それと異質なはずの資本主義がうまく噛み合っているように見える。

中国共産党の強力な統治ツール

橋爪によれば、その背景には中国共産党が持つ4つの統治ツールがあるという。一つは資本をコントロールしていること。国有企業の力が非常に強く、それが共産党に牛耳られているからだ。第二に人民解放軍という軍隊を掌握していること。この軍事力を超憲法的力として意のままに使うことができる。

第三に強力な人事権をもっている。政府、軍、企業、すべての組織の人事権を共産党の組織部というところが押さえており、そこににらまれたら誰でもすぐに失脚してしまう。
最後が秘密警察である。いくつかあるが、たとえば、党内にある規律検査委員会。腐敗、汚職、秘密漏えい、不品行、狼藉、そんな疑いをかけられた党員は呼び出され、拷問という手段も使いながら、”罪状”が党内だけで摘発される。決まれば、今までの身分ははく奪され、ポイだ。この4つを駆使して、自由や平等への欲求と結びつきやすい資本主義を賢明に制御しているのだ。

ウクライナ戦争を通じて、ロシアとウクライナの姿を考え、同じような目で、中国とウイグルの関係を見る。そこで見えてきたものを二人が語るというスタイルなのだ。

博学無双の噛ませ犬

橋爪と大澤は10歳違いのいいコンビ(橋爪が上)で、『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)はじめ、いくつもの対談による新書を上梓している。今回、橋爪の発言の引用を多用することになってしまったが、本書でも、そう、ああそうなのか、と線を引きたくなる箇所は大抵橋爪の発言となってしまった。大澤は博学無双、内外のいろいろな理論や見解を紹介し、それが対談のいいリズムになっている。大澤の発言があったからこそ引き出された橋爪も卓見も多いはずだ。二人の対談においては、大澤は「噛ませ犬」の役割を演じているのかもしれない。

橋爪は、ロシアや中国といった権威主義国家を「反社(反社会的勢力)」と呼び、それとの戦いを呼びかける。それに対し、大澤はうなづきながらも、「自分たちにも反省すべき点があるのでは」と態度をやや保留する。「そんな弱腰でどうするのですか」と橋爪がぴしゃりという。橋爪の妻は確か中国人であり、そんな人がそこまで言明する勁さに感心した。

橋爪大三郎・大澤真幸『おどろきのウクライナ』集英社新書、2022年11月刊


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