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「ありがとう」

現代政策学部社会経済システム学科 4年
庄司景翔

こーゆー文章とか苦手なので変でも気にしないで適当に読んでいってください。


もちろんサウナ後にお香を焚きchillな音楽をかけながら書いています。


改めまして、こんにちは
日本航空高校出身、現代政策学部4年の庄司景翔です。


まずは軽い馴れ初めから

サッカーを始めたきっかけは5歳の頃、お母さんに散歩に行くよって言われてついて行ったらサッカーグランドでほぼ強制的にサッカーを始めました。

最初の1ヶ月くらいはずっと泣いていたそうです。
小学校の頃は、東京都3位になったりしてけっこう順調だったかな。

ちょっと飛んで

高校3年生の頃、大学どこに行こうかなって考えてて、関東リーグでやりたいから関東リーグに所属している大学に行きたかった。
でも実力的に無理で、関東リーグに上がりやすそうな大学を探してたら県1部リーグで常に上位にいる城西大学なら関東リーグにあがりやすいかなと思い、城西大学にしようと決めた。


大学生

1年生の頃からTOPチームでちょこっと試合に絡むことができ、いい経験ができた。
でも俺とたつきだけTOPでちょっと浮いてたらしい。

2年生からは有難いことにほぼ全試合に出場することができ、2年生の頃は充実していた。
特に先輩方が頼もしすぎてこんなチームになりたいと思った。

あの立教大学戦だけは忘れることないと思う。
まさかのオガのスタメン出場。さすがに何か裏があると思ったよね。
あの試合は全員がやることやって全員が良かった。

そしてやっと関東リーグ昇格することができた。

3年生

楽しみにしていた関東2部リーグ。
正直チームとしての弱さ、未熟さ、個人としての実力の足りなさを痛感した。
めちゃくちゃ悔しいシーズンになった。


今までのサッカー人生であれだけ苦しい1年はない

個人的に良かったなって試合は本当に1試合も無かったし、チームも勝てないし、試合の後泣きながら運転する時もあった。


今思うとダサいけど和賀さんに試合に出さないでくれって言ったこともあった。

4年生

4年生になって、副キャプテンにもなりいろいろと考えることが多くなった。


「進路、チームのこと、自分のプレー。」


1年生の頃からずっとプロになるって思いながらやってきた。いざ4年生になってみて現実を突きつけられる。

そんなに甘くなかった

去年に比べて試合に勝つことは多くなってきたが、試合では後輩に気持ちよくプレーしてほしいそう思い、試合では影としてプレーするように心がけていた。

それでチームが勝つならもちろんいいが本当におれはそれで良かったのかな、ってちょっと思ってもいた。

考えても分からない


ただ現実としてjリーガーにはなれなかった


本当に悔しい


まじで


後輩はプロから目つけられ、関東の選抜にも選ばれる奴もいた。

なんでおれじゃない

ずっとおれはやってきたのにって

何度も考えて、めっちゃ悔しくて

サッカーから離れたい時もあったし、もう逃げ出したくなっていた時もある
だからオフはめっちゃサウナ行って、自然に行ってできるだけなにも考えないようにした

これだからサウナはやめられない

まあそんなことはどーでもよくて

きつかったけどそれでも続けて頑張ろうって思えたのは

お母さん

あなたのおかげです。

シングルマザーで、ずーっとおれをなに不自由なくここまで育ててくれて、サッカーのためならなんでも手伝ってくれて

だからおれはお母さんのためにプロサッカー選手になるって夢、目標を持ちここまでやってきた。

だが、その夢が厳しくなり、
ある日サッカー諦めて就活して内定がある会社に行こうかなってお母さんに言った。

その時本当に苦しかったし、今でも思い出すと涙が出そうになる。

でもお母さんは、

「わかった」って

わかんないけどお母さんの顔がガッカリしてるように見えた。

いやー、きつい

もうわけわかんない感情になった

情けなかった


でもリーグ戦はあるし今できることをやるしかない最後まで頑張ってみようと思った

チームは調子良く勝ち続けた
そしたらJFLのチームから声がかかった。
初めて評価された
j3以上のチームではなかったが評価されたのが嬉しすぎてたまらなかった

ただ迷っていた。

選択肢は2つ

そこのチームに行くか内定先に行くか

おれの今の夢はお母さんを喜ばせること

だから1番はサッカー選手として上のカテゴリーでプレーすること。

ただ道は険しく遠い。

内定先の方は、お金も稼げるしサッカーとは違う面でお母さんに何か与えることができる

本当に迷った

お母さんに聞いた、どっちがいいと思う?って

俺はサッカーって言うと思ったら

「やりたい方をやりな」って

正直サッカーって言ってほしかったかな

なんでかは分からんけどね

でもサッカーを選べば少なからずチャンスはある。だからおれはまだ挑戦することにした。


サッカーで今まで関わってくれた人、家族、お母さんに喜んでもらえるように、日本のトップレベルでプレーできるように頑張るから、応援よろしくお願いします。




同期のみんな4年間ありがとう!
メッセージは、アルバムに書いたからそっち見てね。



後輩のみんな
こんな4年生についてきてくれてありがとう。
あんまり言動とかでチームを引っ張ることはできなかったけど、少しは行動で引っ張ることはできたとは思う。
俺が3年間4年生を見てきて、今回4年生をやってみて思うのはやっぱ仲の良さは本当に大事だと思う。なんかこいつ嫌とかあるかもしれないけど、それじゃあチームはまとまらないと思う。
俺が好きな2個上の先輩たちも本当に仲良かったし、チーム!って感じがしてて、今年もそれに近いかはわからないけど、結果も出ててそれが大事だと思った。ワンチームで頑張れ!
全学年が俺らの代より上手くて特徴のある選手も多いと思うからそれがまとまったら本当に関東1部も近いうちにいけると思う。
だからみんな仲良く頑張ってね!
まじで応援してます。
あとゲンキとショウエイは特に応援してる!


マネージャーのみんなも裏でいろんな仕事をしてくれて、本当に感謝してます。
ありがとう!


最後に、部長、林さん、和賀さん、今野さん、こーたろーさん、佐々さん、たじさん本当にお世話になりました。
大学での4年間は本当に自分の中で人間としても、プレイヤーとしても成長することができたと思います。
今後、まずはサッカーで活躍して恩返しをしたいと思います。

4年間ありがとうございました。

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