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池田伸哉の思い出 その2 神様の贈り物

これは、池田事務所の仕事を一緒にやっていたライターさんの話。
池田はラジオの音楽番組が好きだった。リクエストも何度かしていたらしい。が、池田の手紙が読まれることはなかった。文章が下手くそで、何が言いたいのかわからなかったのだろう。
そんな池田をみて、彼女が代筆をしたことがあった。さすがプロのライターさんだ。見事、(彼女の書いた)池田の手紙は全文読まれた。
池田がリクエストしたのは、ローリング・ストーンズの「メモリー・モーテル」だった。

神様の贈り物

 仕事仲間の一人に美女がいる。とにかく彼女は美しい。おれはよく彼女と組んで仕事をするのだが、彼女と一緒に打ち合わせに行くと相手が彼女に見とれてしまい、仕事の話が全然進まなくて困ることもあるのだが、とにかく、彼女はそれくらい美しい。

 そんな彼女から、こないだ悩みを打ち明けられた。
「予定ではね、三十歳でふたりぐらい子供を産んでいるはずだったのに、もう三十五だっていうのにまだ結婚もできない。私って何か欠陥があるのかしら。最近、このまま一生、結婚できないんじゃないかって不安で……」
 彼女とは知り合ってから五、六年になるが、欠陥は思い当たらない。彼女は気立てがよく、人柄も温かい。仕事ぶりも真面目で、根性もある。そして美人だ。その彼女が「結婚できないかもしれない」なんて不安を抱えているとは意外だった。
 彼女がその気になれば、男はいくらでも寄ってくるはずだ。彼女が微笑めば、たいていの男は屈服する。それでも結婚できないというのは、彼女が選り好みをしているからとしか思えなかった。
 しかし、彼女は「そんなことはない」と反論する。
「選り好みなんてしてないわよ。それどころか、待ってるだけじゃダメだと思って、自分からも積極的に行動しているわ。それでもダメなの。考え過ぎかもしれないけど、最近、男の人に避けられているって感じるの」
 なるほど、たしかに避けられるかもしれない。
 彼女は完璧な美人だ。笑顔も可愛いが、寂しげな表情もゾクッとするほど美しい。
 しかし、美しすぎるともいえる。直視するのが恐いぐらいだ。これでは、おいそれとは近寄れない。それどころか、一緒にいると追いつめられるような気分になってくる。
 そう言うと、彼女は泣きだした。
「そんなのって、あり。私はそんな美人じゃないわよ。もし、美人だとしても、私のせいじゃないわ。どうして避けられなきゃいけないの。ひどいわよ、そんなの」
 おれには返す言葉もなかった。彼女の言うことはもっともだ。彼女は何も悪くない。
 それにしても、目を赤くして泣きじゃくる姿も途方もなく美しい。しかし、そんなことを言っても何の慰めにもならない。美女であることが彼女を苦しめているのだから。
 世の大半の女性は美しくなることをめざしているのに、こういう人も珍しい。
 泣きじゃくる彼女を見ながら、以前、キングがこんな話をしていたのを思い出した。
「おれは子供の頃から、とにかく絵が上手かった。絵を描けば、だれからもほめられた。だから、毎日、絵を描いていた。だけど、一時期、絵から離れた時期もあるんだよ。
高校二年生のときだった。クラスにすごく絵の上手な女の子がいてね。二人でよくスケッチに行ったりしたんだ。
 おれは彼女のことが好きだった。だけど、上手くはいかなかった。ある日、こう言われたんだ。あなたと一緒に絵を描いていると自分が惨めになる。だからもう会いたくないって。知らないうちに、おれは彼女を追いつめていたんだよ。
 絵が上手くても、いいことばかりじゃないんだ。それからしばらく、おれは絵を描かなかった。
 だけど、結局、また描きはじめたよ。だって、他に自慢できるものなんて何もないんだから。
 久しぶりに絵を描いたときは楽しかった。そして、自分の絵を見て改めて思った。何てすばらしい絵だ。この絵を描いたやつは間違いなく天才だ。この才能を埋もれさせておくのは惜しいと。
 それで、おれは決めた。神様がどういう意図でおれに絵の才能をくれたのかは知らないけど、とにかくこの才能を受け入れようと。ようするに、神様と和解したんだよ」
 彼女は、キョトンとしていた。
「それが、私と何か関係あるの?」
 おれはこう答えた。
「美貌も才能と同じ神様の贈り物。きみも受け入れないと」
 彼女は納得しなかった。
「キングと私は全然違うわよ。キングは才能で仕事をしているけど、私は女優でもモデルでもないのよ」
「でも、美人の特権というのもあるだろう。たとえば、飯をおごってもらえるとか」
「特権なんてないわよ。何をやっても奇異な目で見られるし、ストーカーにつきまとわれたりするし、嫌なことばっかりよ。得したことなんてないわ」
「いや、それでも一度ぐらいはあるはずだ。よく思い出してみなよ」
 しばらくしてから、彼女はこう言った。
「そういえば、あったわ。得したことが。小さいとき、縁日でわたあめを買ったの。そのとき、お嬢ちゃん可愛いからこれはおまけって、ふたつもらったわ。すごくうれしかった。私は可愛いんだって得意だった。あのわたあめ、神様の贈り物だったのね」

この作品は短編集『男を追いつめた罪』に収載されています。



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