【小説】テクノロジーを語る勿れ【第35話】

 シティホールやカランより東側は、インターン先のクライアントのデータセンター所在地でもあるベドックへ行く時以外では、滞在期間中を通してそう訪れないエリアだった。大きな荷物を手に引きながらMRTへ乗り込むと、路線に沿って次の駅、そしてまた次の駅へとディンと広木を乗せたMRTは無情にも定刻通りに空港へ向かって東へ進んでいく。タナメラの駅を通り過ぎる時に車窓から見えた工場やビルの灯りが何とも言えない侘しさを広木へもたらした。

 空港へ到着すると、滞在期間中にお世話になったスタッフや交流のあった同世代の学生たちが十人程度見送りに駆けつけてくれた。そう交流の無かった仲間の顔もそこにあったことや、国を跨いだ移動ということや次はいつ会えるか分からないというところを思うと、ここに来て滞在期間中の自らの身勝手な行動などの諸々が恥ずかしく思えた。
 ダオは彼女を連れて見送りに来ていたが、日付が変わる間際の外出だったからかダオの彼女は広木の前でも露骨に不機嫌さを露わにするので、「見送り有難う。もう帰ってあげた方が良いよ」と諭しながら、それでもダオが笑顔で宥めながら取り繕う姿を大人だなと思った。
 フロア全体が床からライトアップされたエリアで、入国時同様にスーツの上下に白シャツにノータイの広木は、ディンから「ここで写真を撮ったら映えそうだ」と提案されて被写体となった。何も取り得のない卒業を控えた学生が、こうしてアタッシュケースを手に下げてスーツ姿で空港にいるとバリバリのビジネスマンにでも見えるだろうか。先の尖ったプレミアータの革靴も心無しか今の自分には不釣り合いに感じながら写真に収まった後に、皆に感謝の意と別れの言葉を告げて出国ゲートをくぐった。

 定刻通りに離陸したシンガポール航空の機内で、もう暫く飲むことはないだろうシンガポールスリングを嗜みながら映画を観ていたが、次に気が付いた瞬間には既に朝食の機内食の準備で忙しく行き来するもの音が鳴り響いていた。寝心地が良いかは別として、深夜便だと眠りながらの移動が叶うため、帰国後の生活には余り支障を来たさない。
 福岡空港の到着ゲートを出て手荷物を受け取ると、連なるタクシーの列の先頭車両へと乗り込み、博多駅を目指す。早朝という時間帯の都合上からかどの時間帯もそうなのか、新大阪行きののぞみに一旦乗車し、小倉駅でこだまに乗り換えて各駅で停車しながら最寄り駅へと移動することとなった。博多駅の新幹線ホームでは皆ダウンジャケットなどの防寒具を身に纏い寒さを凌いでいた。シンガポールから帰国したばかりの広木はノータイのスーツ姿で軽装であったが、2月下旬に差し掛かっている日本の気候も帰国による気持ちの昂りからか、そう寒さを感じずにいた。渡航前から期間限定で販売されていたジョージアのホットコーヒーがコカ・コーラの自動販売機前で目に留まり、好んでそれを飲んでいた広木は迷わず購入して指先くらいはと悴む指先を温めながら出発時刻を待つことにした。
 道中、小倉駅でこだまに乗り換える際のホームでは、ガタイの良い男性陣を引き連れた何らかの組織と遭遇した。上りののぞみへとその組織の長らしき人物が乗り込んで行くのを、やくざ映画なんかで目にした膝に手を置いて浅めにお辞儀をするといった様相を始めて目の当たりにする。見送りを終えた一行がホームから引き上げたあとに、その様子をヤンキー上がりらしき家族連れの父親が、わざわざ仲間に連絡を入れては興奮を隠せないといった調子で告げていた。

 最寄り駅へ到着し、ホームから改札階へのエスカレータを降りると、改札口には広木の母親が出迎えに来ていた。やはり空港まで関係性の曖昧な愛に迎えに来てもらうよりもこっちの方がしっくり来るように思えたのだが、やはりこういった時に大事な彼女でもいればまた違ったのだろうとしながら、自分の人生なんてこんなものだと広木はこれまでの自分の行いを振り返って認めたくはないのに合点しながら助手席に乗り込んだ。

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