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【小説】テクノロジーを語る勿れ【第46話】

 洗面所やシャワールームなどの一通りの設備を確かめたのちにベッドの脇へと腰をかける。最初に何と声を掛けようかと思った矢先、静かに扉が開く気配を感じそちらへ目をやる。前回会った際の夏の装いで髪を上げていたユカが、厚手のコートで髪を降ろし、顔に掛かる髪を耳に掛けながらこちらに視線を向けた。
「こんばんは。お待たせしました。寒い中ご指名頂きありがとうございます」
「久しぶり、冬服だとまた雰囲気違うね!」
「???」
「わかる?久しぶり!」
「ん?分かるよ、分かるよ。え?」
「絶対まだ分かってないな(笑)」

 相手を試すようにそういったやり取りに時間を費やしたところで、言い当てて貰えなかった時のショックはそれはそれで大きい。それに対して深い関係でも無いにも関わらず、自分を認識してもらえるものだというのも自意識過剰にも思える。広木はさっさと素性を明かした方が賢明だと考えて言う風に言葉を加えた。
「この間帰国したって連絡しただろ?(笑)」
「あ!シンガポール行ってた広木くん!」
「正解!」
「髪型変わった?」
「変わっていなくない?でもシンガポール滞在期間中に切ってもらったきりだけど、日本で切ってもらう時より気に入っているかも知れない」
「その髪型好きー」
「それはどうも(笑)」
「ってかさ、最初分からなかったというよりさ、普通来てくれる時連絡くれると思うじゃん(笑)」
「そうだろうと思って驚かせてやろうとして言わなかったんだよ。まぁ出勤していなかったら会えなかったけど(笑)」

 前回ユカと会ったのは確か5月の連休前に就活を終え、ダラダラ過ごすのにもマンネリし始めた7月の初旬頃だったように思う。その時もマサの奢りで風俗へ行こうとジローからの誘いに乗ったのであった。大まかに言うなれば、ジローとマサは夕食前後に落ち合うように、今日は何処の誰となら連絡が付きそうというジローに便乗しようと、先に自宅で夕食を終えたマサがジローの家で夕食が終わるのを待ち、何度かに一度のそういった相手の女性の当てがない時に、「じゃぁオレが奢るから風俗へでも行こうか」という恰好で、奇妙な持ちつ持たれつといった関係が出来上がっているのだ。マサにとってもジローと2人で街へ繰り出す方が安上がりで済むはずなのだが、ジローは「広木や他の皆もこれから合流するのだから奢ってくれるのは良いがオレだけではないのだぞ?それでも良いのか?」と念を押すも、一度女性と遊ぶモードに入ったマサは何てことはなく、自宅で資金を調達して来ては皆に風俗を奢ってくれるのだった。
 その夜、広木にそのような趣向は皆無であったが、どういった経緯であったか皆でナースコスプレをコンセプトとした店をセレクトした。そこで登場したユカが広木の相手をしたあとに連絡先の交換を打診し、メールの交換をする中で外で個人的に会うようになったのだった。
 何度かは同じように店での指名を重ね、その後何度かは外で会ってはそのままホテルへ直行して体を重ねた。その機会を重ねる中で、やはりプロを相手にしていると何処かその他大勢のような物言いをされるなど、会話の中の言葉の節々の微妙なニュアンスに違和感を覚えた広木は次第に距離を取るようになった。1度目のシンガポール渡航の帰りに、博多空港でユカに土産に指定されて購入した辛子明太子も結局手渡さぬまま、数カ月ほど実家の冷凍庫の中で眠っていた。

「一緒にシャワー浴びよう」
「今日はどっちでも良いよ。驚かせることが出来たことと、再会出来たことでもう満足しちゃったかも」
「そんなの悪いよ。私の気が済まないから早くこっちへ来て」
「時間まで座って喋っているだけでも良いよ」
「気持ちは有り難いけど、時間作ってくれたのが私も嬉しいの。仕事させて(笑)」

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