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【小説】テクノロジーを語る勿れ【第44話】

 広木が写真を指差した動作に対して、店のスタッフがカウンター越しにリアクションを返す。
「おっミホちゃんかぁー、この時間からだとちょっと待ってもらうかも知れないけど大丈夫ですか?」
 ユカがこの店ではミホという源氏名であることを認識する。
「程度にも依るかと思います。彼の指名相手も同じくらいの待ち時間であれば全然待ちますけど」
「お兄さんはどうされますか?」
 口元に髭を蓄えた男性スタッフが今度はマサへと問いかける。
「じゃぁオレはこの子でお願いしまーす」
 マサが含みを滲ませたようにその男性スタッフの方へ写真を指し示す。
「ちょっと今からじゃ1時間くらいはお待ち頂くことになりそうですね」
「他の子だとどうなります?」
「1時間だとむしろ良い方かも知れないです」
「2人とも1時間で行けるということですよね?」
「そうですね、ここで決めて頂くのが一番スムーズかと思います」

 広木としてはユカと再会出来るのであれば特に異論は無かった。マサも同様に広木が待つのであれば全然付き合える、といった具合いでこちらへ目配せをする。その表情もやはりどこか同じ秘密や大事な時間を共有する仲間のような、意味有り気な様子を浮かばせる。マサのこういう単純なところが広木は嫌いではなかった。広木も同じように何か一つでも共通点を持つ者とは一方的にとでも言うべきか、無条件に親近感を抱いてしまうような似たところがあると自分でも思う。

 待合室の中へと通されると、案内までの時間を漫画や雑誌などの週刊誌を広げて暇を潰している男性が、互いにスペースを開けながら、マサと広木のように同じグループ毎に纏まって椅子に腰を下ろしていた。マサと広木も他の客と適度に離れた無難な位置へと腰を下ろす。
 あえて共有する必要も無いのだがどうせ1時間も待つのであればと、広木は何故この日流川へと足を運んでみてはと提案したのか、ユカとのこれまでの経緯についてマサに大まかな成り行きを話した。確かユカと初対面となった今年のGWから梅雨頃にこの界隈へ訪れた際にはマサも一緒だった。
 マサはこういったプロ相手においてはその機会の都度違う女性を指名するのだが、普段プライベートで女性と意気投合するようなことがあれば、少しでもマサに好意を抱く様子を見せる女性には異常な入れ込みモードに入る。だがプロ相手とあっては照れや太った風貌故の自身の無さもあってか、当たり障りのない交わりで終始し、性欲を発散する以外の楽しみなど特段期待してもいない様子であった。

 広木の話を聞いたマサは自分が恋愛モードにでも入るかのように羨ましそうな反応を返した。それを自分の奢りで楽しもうなどとはと今更違和感を抱いて咎めるでもなく、例えこれから繰り広げられる行為に対して金を落とす必要があったとしても、もはや恋焦がれた相手と交わえるようなものではないかとでも言いたげであった。
 無論、広木にとってユカはそう深い関係でも無ければたまたま思い付いた手頃な関係であったに過ぎなかったが、そのようなマサのリアクションに煽られながら、相手次第ではいっそユカとこの後の再会をきっかけにまた交友関係を深めてはどうかとも思えた。
 やはり同じような感情を亜美へ向けることは憚れたことを思うと、こういった引っ越しなどを控えた流動的なタイミングにおいては、突拍子も無いことが頭を過ぎりもするものなのかも知れない。でも、それはそれで互いが良いのであれば構わないのではないか。そう思えても来る。もしかしたら亜美もあの晩、広木の腕に抱かれながら同じような境遇にあったのかも知れない。

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