【小説】テクノロジーを語る勿れ【第37話】

 亜美にデザートの注文を促しながら、広木は適当なところで店のスタッフを呼び止めようと、入口から厨房の奥へ、そして各テーブルへと続く通路の人の行き来を窺う。手元のオーダーを別のテーブルへ差し出しながら空いた食器を手際良く重ねた、大学生風のスタッフが調度良いタイミングでこちらを振り向いたので、広木は片手を上げて意志表示して見せた。亜美が装飾が施されたマンゴープリンの写真を指差して追加のオーダーをするのと同時に、これを最後に支払いの計算して欲しい旨をそのスタッフへ告げた。

 間もなくして亜美の注文したマンゴープリンがテーブルへと出され、装飾を何処から崩しながらスプーンを入れようかと、少し考えた面持ちの亜美が最初の一口自分の口元へと持って行く。なるほどこういう感じかと溢れんばかりの笑みを浮かべた表情でこちらを見て、手元を止めずに大きくもうひと掬いしたスプーンの先を今度は広木の口元へと差し出した。テーブルを挟んだ微妙な距離間とその手元の動きに応じるように、広木は少し身を引くようにしながらそれを溢さぬように口元で受けた。
 甘いものを口にした時の女性の表情は尊い。目鼻立ちのはっきりした亜美は表情を崩すでもしなければ、突き刺すような鋭い眼差しを相手に向けてしまいそうだ。美人過ぎるというのも周囲の余計な誤解を招いたり、変な男に寄り付かれる機会がそうでない者より多そうなことを想像してみると生き辛い世の中なのかも知れない。
 ただただテーブルを囲んで一度食事をしただけに過ぎないが、非常にリラックスしているような、少しばかりはこちらへも気を許してくれているような、時折見せる亜美のそうした表情から、広木も満更でもない気分にさせられた。

 会計を済ませようと伝票を手に取ったところで、聞き覚えのある声と共に別のテーブルから男性がこちらへ近付いてくることを認識する。
「やっぱ広木じゃん、久しぶり元気にしているの?」
「だれかと思ったら前田か。元気、元気」
「また、美人の彼女連れちゃって(笑)」
「いや、後輩だよ。オレが東京の会社へ就職してしまうから、その前に食事でもって感じで」
「こんばんは、前田でーす」
「どうも、はじめまして…」
「そういえば、広木。オレ今会社やっているんだけど名刺渡しておくよ」
「それは凄いじゃん。おめでとう。社長って書いてあるじゃん」
「一人親方みたいなものだったけど、漸く何人か面倒見れるようになった感じかな」
「じゃぁオレが金に困った時に連絡入れるよ(笑)」
「絶対オレらより稼げるじゃん(笑)」
「連絡先変わってない?」
「前の携帯、仕事用にしているから新しいの教えとく!」
「鳴らしておいて」
「分かった。まぁ邪魔したら申し訳ないしこの辺で!」
 そう言うと、前田は金髪のコギャルルックスの女性をこちらへ一瞥させて入口のレジへ向かった。

 中学の途中で引っ越して来た前田のことを、広木は仲間と良くからかうようにしていじり倒していた。そういうところで恨みを買ってか、要所要所で仲間を連ねてはケンカに発展するようなことをあったが、高校生に上がったある日。数十人同士で大岡越前のような大乱闘に発展した時に、前田と他の数人のリーダー格を全員の前で執拗に痛めつけてやったのをきっかけに、変なちょっかいをしてこなくなった。同級生でありながら何処か気を使うような物言いをしてくるのはそのためであったが、当時のことをきっかけに未だにリスペクトするような態度で接してくる前田の、力仕事に勤しみ肩幅や胸元に掛けてがっちりとした上半身後ろ姿を眺めていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?