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【ほんだな】NewTypeへの道

いきなりですが、創造クリエーションするには想像イマジネーションが必要だと思うんです。

逆に言うと、想像できないものは創造できない。

そして、想像のおよぶ範囲は(読書などの間接的なものも含めて)じぶんの過去の経験に規定されるように思う。映画を総合芸術とよぶけれど、あらゆる創作のプロセスにおいて総合芸術的な側面は見られるはずなんだ。

霊界からなにかが降りてきて自動筆記で出来上がるならともかく、たとえAIをツールに活用したとしても、思考・判断をともなう創作であれば自身の意識が介在しているはずで、そこには過去・経験が影響している。
だから、豊かな想像を得るためには、経験も豊かにしたほうがいいんだよね。平たく言えば、ひきだしを多く持っていたほうがいい、ってこと。

経験をするということは、特定の環境に身を置くことでしょ。他人から求められて環境を変えることもあれば、自分から進んで新しい環境に足を踏み入れることもある。経験のバリエーションを増やすには、後者のアプローチは必須だと思う。
だから、他人から実力「以上」に良く見られたいという虚栄心は捨てたほうがいいんだ。むしろ、等身大の自分を見てもらったほうがいい。で、どんどんダメ出ししてもらって、恥をかいて(貴重な経験!)、土壌を豊かにしていく。成功者になりたいのなら、成功者のいまの姿をまねしたってダメなんだよな。成功に至るまでの失敗プロセスから学ぶべきなんだ。

とにかく好奇心をもって、いろいろ試すこと。それも、いつまでも想像するだけじゃなく、どこかで体験すること。それがその先の創造につながる。体験の乏しいままだと、材料が変わり映えしないから、いつまでたっても同じような想像から抜け出ることはない。結果、変わり映えのしない創造物が量産される。それを「自分らしさ」と表現して視線を逸らすならばそれでもかまわないが、オールドタイプ感は否めない。

だから、いろいろ体験するんだ。
評価の定まっていないものなんて、最高のターゲットでしょ。
外食するなら「食べログ」で星がついていない店へ行こう(自己責任で)。



これは何かしらの文章に触れたことをきっかけに、頭に思い浮かんだことをつらつらと書き連ねたものです。
原本と文中の内容は一切関係ありません(いや、少しはあるかも)。
書評でもありません(これはホント😆)。




おや、何でしょうかこれは?