刻ノ音

 かちこちかちこち。
 これは何度目の音だろう。
 時計の針が規則的な音を奏でつづけている。僕は何度もそれを見ていた。
 無限の足音。雑踏から聞こえる音にも些細な個性が窺える。革靴、サンダルにブーツ、ピンヒール、スニーカー。
 かちこちかちこち。
 時計の音が聞こえている。貴婦人、十億回目おめでとう。あっちは五千万回目だ、おめでとう。数回やってみて冷えた視線を向けられただけだったので、最近は心の内でひとり、ひっそりと祝うだけとなってしまっている。
 かちりこちかちりこち。
 おやおや、調子が少し悪そうですよ。そう告げた僕をむっと睨んで去ってしまう。あの方、大丈夫でしょうか。少し心配ですが、捕まるのも面倒ですからこのまま座っていましょう。
 かちこちかちこち。
 騒がしい時間が過ぎて、空気が緩んでも針の音は変わらない。実に仕事熱心だ。靴音も人の流れも疎らになって、頬杖をついたまま大欠伸。それでも時計は働きつづける。
 かちこちかちこち。
 気がつけば、目の前に小さな男の子とさらに小さな女の子。二人揃ってちょこんと座って僕を見上げている。
 学校は? そう訊いてみると、創立記念日で休みなのだそう。
 一拍もなしに、なにしてるの? と元気な質問。やってみるかいと尋ねると二人の顔がぱあっと明るくなる。小さなお客を椅子に座らせると、色々と詰まった鞄に手を突っ込む。
 かちこちかちこち。
 ビルの隙間から綺麗な夕日。また人が集まりはじめる時間。彼らの靴の音はどこか軽やかだ。稼ぎどきだと気合を入れて、浮かれた彼ら相手に僕は声を掛けていく。
 かちりこちかちりこち。
 まだやってるかしら。夜も更けて、片付けようかと席を立ったとき、声が掛かる。あれ、今朝の。ちょっと警戒しているのか、気持ち距離が遠い。
 どうぞどうぞ。席を勧めて、僕も座り直す。
 それでは始めましょう。そう言おうと口を開いたところで、食っていけるのと質問される。いろいろ切り詰めたりしてますが、こうして生きてます。商売スマイルで両手を広げてみせる。
 改めて、始めますかと尋ねる。あたし、占い信じてないから。ばっさり存在価値を否定されました。
 それでさ……。矢継ぎ早に彼女の口から続くのは愚痴やら文句やら。
 ありがとうね。正味、三十分。たっぷり毒を吐き出した彼女から、感謝の言葉と共にお札が一枚差し出される。頑張ってね。軽い調子で笑った女性は歩いていってしまう。
 かちこちかちこち。
 調子は戻ったらしいし、一件落着なのかね。いそいそと仕事道具を仕舞いながら独りごちる。
 かちこちかちこち。
 帰ろうか、自分の音を聴きながら。

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