短い物語(ある家族について)

ずいぶん前、20歳近く歳の離れた彼がいた。
「彼」と「恋人」というと、若干意味合いが違う気がする。
この場合は「彼」が適切な気がする。
彼は、20歳近く年下だった。

彼の家族は、お母さんただ一人だった。
お母さんは、すごく仕事が出来て自分の会社を経営していて、
しかも芸術的な才能も持ち合わせた人だった。

お母さんは、豪華な一軒家に一匹の猫と暮らしていた。
猫は、お母さんと彼以外他人にはほぼ慣れていなかった。

数年過ぎた頃、お母さんは病気にかかり、それは絶望的なものだった。
私は彼に対して慰めようもなかったが、
彼はある意味それを受け止めていたようだった。
彼は困難な人生を歩んできた経緯もあり(幼少の頃のお父さんとの別れや、自身の大きな怪我)普通の人とは少し違う感覚だったと思う。
いつも本が友達であり、「別れ」や「死」に対して何か普通の人とは違う感覚を身に着けていたような印象がある。

彼も、彼のお母さんも、常識を逸している一面があった。
普通、20歳近く近く歳の離れた(しかも年上の)女性とはなかなか付き合わないし、紹介されたお母さんも普通に私を受け入れてくれた。

結局、お母さんは不治の病によって、平均的とは思えない歳で人生を終えることになった。
そして、それを機に、私と彼とは距離が遠くなってしまった。
結局のところ、私が会うべき人は彼のお母さんだったのだと、
後で気付いた。

お母さんが飼っていた猫はほとんど誰にも懐かなかったが、
猫が亡くなる寸前(そしてお母さんがその後亡くなることになるが)
抱っこさせてくれた。
その時の、猫の息遣いを今でもリアルに思い出せる。
今でも瞑想していて、自分の呼吸がまるでその猫の呼吸みたいに思いださせるのだ。

お母さんと猫と彼。小さな家族。
今でもそれは忘れられないひと時だ。

今、彼はちゃんと自分の家族を持ち、一般的に幸せな生活を営んでいる。
私は、彼がそうなるように(この先、天涯孤独にならないように)
普通の幸せを、まずは、手に入れて、それから自分の人生を歩けるように、
そうする手助けを出来た事に、感謝する。
それが私の役目だったのだと思える。
きっとずいぶん前(何百年、何千年も前)に、彼のお母さんと約束したのだろう。
お母さん、ありがとう。
約束、果たしましたよ。
彼はちゃんと家族を持って、地球での経験を味わっています。

お母さんは、私にとって誰だったのかな?
と、今でも思う。

そして、今でも愛している。心から、彼の小さな家族を。
彼と過ごした日々も。

どこかでこの物語を書かずにいられなかった。
読んでくれてありがとうございます。

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