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ロッカー前の女の子

北の寂れた町の寂れた駅
最終電車からまばらに人が降りてくる。

階段を下りてくる客は足早に改札を抜けて駅の出口の方に向かう、ドアを開けると夏の終わりを告げる冷たい風が通る。

北の外れの田舎町は、もう秋の訪れが近かった。

駅から出る人々は一層上着のボタンを締め寒さから身を守りながら、体をぐっと前にかがめ家路に急ぐ。

世間では夕食を済ませ家族団らんを楽しんでいる時間、利用客の少ない駅では早い最終列車を見送ると戸締りの準備に取り掛かる。

田舎の駅が閉まるのは早い

2人の駅員は一言も会話することなく足早に、毎日決まったそれぞれの受け持ちの戸締りへと向かった。

定年間際の駅員は階段を上りホームへ向かい
中年の駅員は、駅の入口の戸締りへと向かった。

中年の駅員は駅の待合室に落し物が無いか見ながら駅の出口に向かうと、 いつものように少女が立っていた。


毎日決まった時間に駅の出口で待つ少女
駅員はこの子を最初に見たのはいつだったか、思い出そうにも思い出せなかった。

半年前だったか、一年ぐらい前だったか思い出せない。
女の子の年齢は女子高生にも見えたが、もっと幼いようにも見える。

肩まで黒い髪を伸ばし肌がとても白い子で、この辺じゃみかけない学校の制服を着ている。

どこか遠くの学校に通っているから、いつも遅いのかなと駅員は思っていた。

外よりか、いくぶん暖かい駅の出口近くで、いつも窓から外を見つめ迎えを待っている。

駅員はできるだけ少女が外で待たなくても済むように、少女の立っている出口は最後に締めていた。

駅員はほとんどの点検を終え、少女のいる最後の出口に向かっていつものように歩き出すとそれに気が付いた少女はいつものようにドアから外に消える。

駅員は心の中で寒い外に出しちまってすまんなと思っていた。

最後の出口を締める窓から暗い外を眺めるが、そこにはもう誰もいないようだった。

しばらく外を眺めていた駅員に、背後からニヤニヤしながら定年間際の駅員が話しかけた。

「どうしたんだ、また女の子見てたのか」
「お前まさかほれとるんじゃないやろな」
「年を考えろよ」
「お前と女の子じゃ親子ほどの差があるぞ」

定年駅員にからかわれ中年駅員もニヤニヤした

「からかわないでくださいよ」
「こんな田舎の駅に飛ばされてきた俺に夢なんてないですよ」

駅員は笑って言った

「けど、お前所帯なんでもたんの」
「俺は夫婦関係は冷え切っとるが、孫はかわいいぞ」
「お前も子供もったら、子煩悩になりそうじゃろな」

と定年駅員は言い残し、更衣室のある方に歩いて行った。

結婚したいけど相手がいないんだよな
ましてやこんな田舎じゃ出会いもない
駅員はそう心の中でつぶやき
更衣室へ向かった。

次の日もいつもの平凡な一日が始まった。

田舎の駅は客もまばらで列車の到着も数本しかない
駅員は暇な時間を構内の掃除なんかで費やした。

ずっと続く長い長い人生の線路の上を歩いているように感じていた。

いつものように時間は過ぎ最終列車が到着し足早に急ぐ客
駅員はいつしか女の子を探すようになっていた。

ただいつも女の子が改札を出るのを見ることはできなかった。

駅員は不思議に思い駅の戸締りする前に定年駅員に聞いた

「そういえばいつもの女の子は列車から降りるの見たことありますか」
「わしゃ見てないな」
「じゃー切符とかは受け取ってないんですか」
「お前が受け取ってるんだろ」
「自分は受け取ってないですよ」
「へんじゃなそういえば列車から降りるの見たことないからな」
「最終列車の乗客は列車から降りたら、すぐに列車の横で俺が切符もらうか
 ら見逃すはずがないんだけど」

少女はいつ列車から降りてるんだ?
改札を通過するのも見たことがない

駅員は不思議に思っていたが、定年間際の駅員にはどうでもいいことだった
気にすることなく足早にいつもの戸締りに向かった。

駅員も自分の受け持ちの最後の仕事に取り掛かった。
そしていつものように最後に出口へと向かうと、また少女が立っていた
駅員が歩いて近づくと、さっとドアを開け消えていく。

駅員は速足で出口に向かい窓から外を見ると、もうそこには誰もいなかった。

暗い外をしばらく眺めていると後ろから定年駅員が近づいて来た

「また女の子探してたのか」
「おもいきって話しかけてみろよ」

定年駅員はニヤニヤしながら駅員に言った

「まさか年を考えてくださいよ」

駅員は笑いながら答えた。

ただ駅員は女の子が気になっていた。
近づくとすぐに消えてしまう少女を近くで見たことはない。

遠くから綺麗な黒い髪に透き通るような肌、細く小柄な女の子、毎日見ていていつしか抱きしめたい衝動にかられるようになっていた。

駅員にはかなわぬ恋だとわかりきっていたが、ただ一度でいいから、寒そうな少女をぎゅと抱きしめたくなる感情をいつしかもていた。

月日が流れもう北の町にも秋が訪れていた
毎日、暇な田舎の駅員というしごとに人生の大半の時間を費やしていた。

駅員の唯一の楽しみは、いつしか少女を見ることだけになっていた。

駅員は今日、話しかけてみようと決心した。

駅員はいつものように最終列車を待った。

改札に現れない少女、駅員はいつものように待合室を見渡し速足で、少女の出口に向かった。
するといつものように駅員に気が付かないうちに、いつもの出口に少女は立っていた。

少女は駅員に気が付くとさっと外に出た
駅員は急いでドアを開け暗い外を見渡した
だが少女は見当たらなかった。

そこには寂れた食堂と商店、民家が数件あるだけで一個の小さな街路灯だけが駅から伸びる一本の道路を照らしているだけだった。

駅員は狐につつまれる思いだった
いつのまにか出口にいる少女

そして、すぐにどこかへ消える

駅員が不審に思ったその日を境に少女は現れなくなった。
駅員は心配していた。

何かに巻き込まれたんじゃないのか
引っ越したのかもしれない
病気で休んでいるのかもしれない

色々考えていたが数日過ぎ数週間たつ頃には、もう女の子のことはすっかり忘れていた。

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