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コラテラルー転生という名の災害ー 第2話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

東根イマは大風第二小近くに聳え立つ十階建てのマンションの駐車場で天童と長井と合流し、最上階の1012号室まで来ていた。月山から災害対策行動の場所を聞かされた直後、友人の美雪に連絡を入れ、撮影の協力を求めたのだった。

ウーーーーー。

スマホから不気味な警報音が鳴った。
「緊急安全確保。緊急安全確保。至急安全な場所に避難してください。至急安全な場所に避難してください」
「悪いけど私はこの子と隠れてるね。すみません。何のお構いもできないで」
「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまって申し訳ありません」
天童が答えると、美雪は赤ん坊を抱えてベッドルームへ避難した。三人はベランダへ通じる窓を開けて外へ出た。目の前に大風第二小学校のグラウンドが広がる。
Jアラートを聞きながら、三人は準備を始めた。
天童はバックパックから超望遠カメラを二台取り出し、一台をイマに渡した。長井はドローンを取り出し、グラウンド上空へ向かって飛び立たせた。
イマはデジカメを構えグラウンドの動画撮影を開始した。
工作課の隊員たちは、グラウンドに転がる児童の遺体を放置したまま、金細工、銀細工、宝石が散りばめられた玉座を、五段ほどの階段のある台の上に設置していた。
「天童さん、玉座があるってことは……」
「排除するってことだ」
「排除っすか。射殺するってことっすよね」
長井は少し憤慨しながら言葉を言い換えた。
――その通りだ。転生者は射殺される。いや災害対策基本法に基づいて処刑される。
政府は排除しましたの一言で片づけるが、その裏では、月山君のような人たちが自らの手を汚しているのだ。赤ん坊であろうと、子供であろうと、老人であろうと、病人であろうと、障害を持っていようと、聖者であろうと、悪人であろうと、私たちを守るため彼らは人を殺すのだ。
けれどもその事実が報道されることはない。私たちは守られているという意識すら持っていない。
ねえ、月山君。
あなたはどんな気持ちで引き金を引くの?
イマは月山の心の内を想像して胸が痛んだ。

工作課の隊員たちが玉座から校舎に向かってレッドカーペットを敷き終わると、新たに三台の74式大型トラックがグラウンドに入ってきた。そこから煌びやかな衣装に身を包み、楽器とパイプ椅子を手にした接待課の隊員たちが次々に飛び出してきた。
接待課の面々は一糸乱れぬ動きで、玉座を中心にして半円形に椅子を設置すると、音階の調整を始めた。工作課の隊員たちは、グラウンドに散らばった建築用の資材と道具を回収すると、児童の遺体は変わらず放置したままトラックに乗り込んだ。
全てのトラックが撤収すると、タイミングを見計らったように校舎近くのレッドカーペットに交渉人に伴われて一人の児童が登場した。それを歓待するように接待課のオーケストラがファンファーレの演奏を始めた。
「東根、長井、撮れてるな?」
「はい……」
「問題ないっす……」
答えながら二人は天童の横顔を見つめた。
逡巡していた。これからあの子供が殺される場面を撮影するのだと思って。
「おい、お前らどうした? ボーっとしてないでグラウンドを見ろ、グラウンドを」
チッ。こいつら動揺してやがる。
天童は舌打ちをした。
「ひよっこ共が、甘えてんじゃねえ! 俺たちの仕事は何だ? 伝えることだ。目の前で起こっている現実を報せることだ。例えそれがどんな悲劇であろうともな。そんな覚悟もなくジャーナリストを名乗ってるんならさっさと辞めちまえっ!」
「でも……私たちに撮影する資格はあるんでしょうか?」
「東根、この話を持ってきたのはお前だぞ。お前は何しにきたんだよ?」
「それは……」
私自身のためだ。私という存在をもう一度世間に認めさせるためだ。
「資格なんてあるに決まってるだろ。俺はなあ、自分のやっていることを正しいと思ってるんだ。心の底からな。災害対策の現場で実際に何が行われているのか国民は何も知らされていない。それじゃあ駄目だ。駄目なんだよ。このことは蓋をして目を瞑ってスルーしていい話じゃねえんだ。人の命がかかってるんだからな。全員でちゃんと考えるべきことなんだ」
「そうっすね」
「でもこれは、俺の信念であり、俺の覚悟だ。お前たちに押し付けるつもりはない。お前たちはお前たちなりの信念と覚悟を、いずれでいい、しっかりと持て。だからな、今は迷いがあってもしっかり撮影しとけ。この経験がいずれお前たちに道を示す」
「はい」
「っす」
二人は視線をグラウンドに戻した。
ファンファーレの鳴る中レッドカーペットを進んだ児童は、接待課の隊員から冠とマントと錫杖を受け取り、中世の王様のような格好になって玉座に座った。
そして再び曲の演奏が始まった。
「くるみ割り人形?! 天童さん!」
「撮り逃すなよ!」
マスコミ関係者の間ではくるみ割り人形の演奏中に狙撃が行われるという噂があった。
三人は瞬きするのも呼吸をするのも忘れて、その瞬間を待ち構えた。

屋上に置かれた偽装用段ボールの中にいた月山は、狙撃銃のスコープの照準を134号転生者の頭に合わせていた。
「二十秒前……」
とスポッター(観測手)の河北が呟く声が、インカム付きのヘッドフォン越しに聞こえた。ノイズキャンセルされているので接待課の演奏は全く聞こえてこない。
――それに何も感じない。
「十秒前……」
月山は息を大きく吸い込み、息を止めた。
「五、四、三、二、一、ファイア」
狙撃銃のトリガーを引いた。
銃床と接している肩に衝撃が走る。

ダン。

マンションの最上階にいる三人の耳に銃声が聞こえたような気がした。
玉座に座った児童の頭と胸がえぐられ、血と肉片がまき散らされた。
演奏が唐突に終わり、接待課の隊員たちが楽器を投げ捨て銃を構えながら玉座へ近づいていく。一人が進み出て、倒れた転生者の瞳孔反射と脈を確認した。口を動かして二言三言告げると、隊員たちは転生者を遺体袋に収容し、撤退の準備を始めた。
イマ、天童、長井はその様子を撮影し続けた。

ブーブーブーブー。
一時間ほど経過した時だった。
イマのポケットに入れていたスマホが振動した。
画面には「こちらは政府広報室です。Jアラートが解除されました」と表示されていた。
災害対策部が大風第二小学校から撤収すると、代わりに警視庁のパトカーと救急車両が学校の周囲に駆けつけた。事後対応にあたる警察官と救急隊員が車両から出てきて、学校の敷地内に散らばっていった。グラウンドに放置されていた三名の児童の遺体にようやくブルーシートがかけられた。
ブルルブルルッ。
再びスマホが振動した。
「もしもし、イマちゃん? 遊佐です。遊佐未来です」
「未来さん、どうかされましたか?」
「式典が始まる前にどこかへ行くのを見かけたものだから、心配になってね」
「すみません。急に外せない仕事が入ったものですから」
「その仕事って、もしかして災害対策行動のことじゃない? イマちゃんの母校、大風第二小学校で転生者が発生したって聞いたわ」
「えっ、そうなんですか。初耳です」
イマは惚けた。
「あら、私はてっきりマンションの最上階のベランダから小学校を撮影してるものだと思ってたんだけど」
「どうして、知っているんです? 何が目的ですか?」
「そんな怖い言い方しないで、イマちゃん。私はあなたに手を貸したいだけよ。災害対策行動のことを取材しても、報道協定のせいでメディアでは発表できないでしょ。でもある雑誌の編集長が今回の事件について記事を載せてもいいと言ってくれてね。どうかしら? その編集長と会ってみない?」
「取引ですか? 私に何をしろと?」
「取引? 取引なんかじゃないわ。お願いしたいことがあるだけ。私のお願いはたった一つ。災害対策行動について正確な記事を書いて欲しい、それだけよ。でもね、イマちゃんには書けないと思うの」
「なぜですか?」
ピロン。
スマホに未来から音声ファイルが送信されてきた。
「そのファイルを開いてみて」
イマはスマホをタップして音声を再生した。

『ジーク様、大江茜も先ほどの太っちょの仲間です。この女もジーク様に従う気なんてないんです』
と女の子が言った。
『何言ってるのよ! 空気のくせに、変なこと言わないで!』
茜が怒鳴った。
『ほお、随分と威勢がいいのぉ』
落ち着いた声で男の子が言った。
ガタンガタンと何かがぶつかり合う音がした。
『いや、やめてっ! やめっ……』
茜が苦しそうに叫ぶ。
『舟形の意見だけを参考にするわけにもいくまい。人間どもよ、この大江茜は我ら魔族に反逆しようとする一族の者なのか? どうだ答えよ』
ジーク? 転生者と思われる人物が言った。
『そうです』『その通りです』『殺してください』『殺せ』『殺せ』
『こーろっせ、こーろっせ、こーろっせ、こーろっせ……』
『フハハハハハ。よかろう、人間ども。貴様たちの願いこのジークが叶えてやろう!』
『キャアアアア』
バリバリバリバリン。
悲鳴とガラスが割れる音が聞こえた。

音声ファイルはそこで終わっていた。
「これは、何ですか?」
イマは未来に質問した。
「グラウンドに三人の児童が倒れていたでしょう。その内の一人大江茜さんが、スマホで録音したものよ」
「どこから入手したんですか?」
「災害対策部にいる私の協力者からよ」
「大江茜の所持していたスマホだという証拠はあるんですか?」
「大風第二小学校にいる世田谷署の警察官に訊ねてみて。大江さんのスマホは見つかったのか、って?」
「スマホの所在がわからなくなっていたとしても、この音声ファイルが大江茜のスマホで録音されたという証拠にはなりませんよ」
「確かにそうね。でも五年二組の児童たちに取材すれば、この音声ファイルが転生者による嘱託殺人の証拠であることがわかるはずよ。どう、イマちゃん? 俄然興味が湧いてきたんじゃない?」
ウフフフフ。
スマホのスピーカー越しに、不気味に笑う未来の声が聞こえていた。

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