手裏剣における強弱の意味

この動画の最初から8本目まではふわりと弱い力で打剣している。
そして、最後の1本のみ、強めに打剣している。

なぜこんな練習をしているのかを解説したい。
まず、手裏剣をゆっくりふわりと、つまり弱く打つ理由だが、これはゆっくりとした動作を行うことで身体の動作を確認したい目的がある。
手だけをゆっくりと振るのはブレーキを掛けながら手裏剣を飛ばすようなものであり、かえって難しい。手をゆっくりと振るのであれば身体もゆっくりと動かし腕と身体とを調和させることが必要である。ゆっくり動くと誤魔化しが効かなくなる。腕だけもしくは身体だけが早いと詰まってしまうのだ。
また、ゆっくり手裏剣を飛ばすということは直打法の手裏剣が描く放物線はおのずと大きくなる。手裏剣術の直打法はその特性上、どんなに早くても直線では飛ばない。直線に近かろうが必ず放物線を描くものである。だからこそゆっくり大きな放物線を描くことで手裏剣がどのあたりの空間でどんな姿勢で飛んでいるのかを認識することは大切である。手裏剣の特性を理解してどんな放物線を描いているかを理解することで、直線に近いような早く強い打剣を打った時にもその成功率は高まるというものだ。
もう一点、ゆっくり手裏剣を打つということは手裏剣が手から離れる時間も遅くなる。正確には手裏剣が手のひらの中で保持されている時間が長くなる。直打法は手のひらの中を手裏剣が滑るようにすり抜けて飛ぶ。このすり抜けていく時間をゆっくりと取ることで手裏剣のどの部分に力を加えていくかを意識しやすくなる。結果として手裏剣の回転をコントロールしやすくなるのだ。近い距離の場合には手裏剣を早めに手から離したいし、遠い距離になれば少し手の中で保持する時間を長く取ることで回転を抑えることが出来る。結果として方向性のコントロールもよくなる。

強く打つ理由としては、手裏剣を武器と捉えて稽古をする場合、武器である以上は威力が求められるからである。本来、手裏剣というものはそこまで大きい威力が出るものではない。厚手のデニムやレザージャケット、正絹の着物などを身に着けていたらそれを刺し貫くことは難しいだろう。しかし、だからと言って威力が弱くてもいい理由にはならない。しっかりとした威力と方向性を両立させてこそ最大限のフォーマンスが発揮できるのだ。
もう一つ、手裏剣に威力を求める理由がある。
それは方向性にも大きく影響を及ぼすことなのだが、特に湿気が多い初夏からのシーズンは手のひらに汗が付着することもある。手裏剣は素手で打つからこの手のひらの状態が飛び方を左右する。汗で手が粘る状態は手裏剣の難易度を最大に引き上げてしまう。それを解消する方法の一つが「強さ」なのである。腕力だけではなく全身をくまなく使い力を出して集め、飛ばす。手のひらと手裏剣の摩擦をものともしないような力強さが必要な場面もあるのだ。
このように手裏剣術において強弱をつける練習をすることで様々な効果を得ることが出来る。
手裏剣術得道歌の中にこの強弱を歌ったものがあるのでご紹介したい。

「弱く打ち 強くあてるは 上手なり 雪にたえたる 竹の心を」

弱く打ち強く当てるというのは非常に難しいことである。
しかし、手裏剣は手持ちで思い切り刺すよりも軽く投げるほうが深く刺さったりもする。物を投げるという行為はそれ自体がとても大きなエネルギーを持つものなのである。そのエネルギーを上手に利用することが出来れば、一見弱く打っているようでもその実、大きな力が働き強いエネルギーを発揮することも可能であると言える。また、ゆっくり打つことで手のひらの中で手裏剣を保持する時間を長く取ることが出来るといった。手裏剣を保持する時間を長く取ることで強い打剣を打つ教えは昔からあり、そう教えている流派も多く存在する。ただし、この動きはいわゆる「タメ」に近いものである。力をタメるということは捻じる、うねるといった動きにも直結しているのでどこまで使うかは賛否両論があるだろう。しかし、動きの中に取り入れるくらいはしていいと私自身は考えている。
弱く打って強く当てると言うのは一見すると矛盾する言葉である。しかし一つ一つを分解して考えてみるとそこにあるのはごく当たり前な事象であり、これらを再構築して当たり前を当たり前に行使することが出来れば不可能なことは何もないと言える。
実際に私は動画の中で7.2メートル(4間)の距離からふわりと打剣しているが、どれもただ届くだけではなくしっかりと刺さっていることがわかる。さすがに一番最後の打剣に比べれば刺さりは浅いかもしれないが、その前段階の8本は偶然ではなく必然性を持ってしっかりと的に手裏剣を立てている。
弱く打ち強く当てることができれば、逆に強く打ったのに弱く当たる失敗を極力減らす手がかりとなる。そうして打剣1本1本の精度と質を向上させていくことも手裏剣術のおもしろさの一つである。

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