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おすすめの本~深く息をするたびに~

今回は病院総合医として集中治療にどのように関わるかを見つめなおすきっかけとなった本を紹介します。


集中治療後症候群(Post-Intensive Care Syndrome:PICS)とは?

PICSとはICU入室中あるいは退室後に生じる身体障害、認知機能障害、精神障害です。PICSを発症すると、退院したあとも仕事に戻れなかったり、人間関係を築けなかったりするため、患者さんの人生は大きく変わります。PICSは原疾患の後遺症として起こるのではなく、救命のための治療によって新たに引き起こされるという特徴があります。

著者が研修医の頃は人工呼吸管理中の深い鎮静や長期間の安静は当たり前であり、せん妄や長期的な認知機能障害につながっていました。この本は著者が当時の当たり前の医療に疑問を抱き、PICSを発見し、ABCDEFバンドルの開発などを通して全人的なICUを世の中に広めていく物語です。

ABCDEFバンドル
A:鎮静Analgesia(痛みの有無)を評価して、痛みを予防し、治療する
B:鎮静を中断して覚醒させて、人工呼吸器を止めて自発呼吸を確認することの両方Bothを毎朝行う
C:鎮痛剤と鎮静剤を選択Choiceして、ベンゾジアゼピン系などせん妄を引き起こしやすい薬剤を可能な限り避ける
D:せん妄Deliriumを評価して、予防し、治療する
E:ICUに入院中、できるだけ早くベッドから起きて(早期離床 Early mobilization)、運動Exerciseする
(のちにF:家族Familyの参加 も加えられる)

Chapter 10 240~241, 245ページより作成

人間性を取り戻す物語

臨床研究者のロールモデルという視点からもとても面白い本ですが、今回は『人間性を取り戻す物語』という視点で感想を述べたいと思います。
PICSの発見からバンドルの開発、流布までの道のりは著者にとっては『医療において人間性を取り戻す物語』でした。かつて著者は患者さんのことを「〇号室の心不全」といったような呼び方をし、臓器のみに注目して命を救うことに必死になっていました。その後、著者は移植医療を通して人全体を視ることの重要性を学びます。下に私の好きな一節を挙げます。

横になっているマーカスの顔を見て、彼が新しい肺に深く息を吸い込むのを見ながら、揺らめく命の神秘に思いを馳せる。マーカスのことはよく知っている。それも、インデックスカードに書き込んだメモのような知り方ではなく、もっと深い意味で。マーカスの家族のことも知っている。その家族は常に私のそばにいて、マーカスの手を握り、話しかけ、応援する。家族もまたマーカスの生命維持装置なのだと気付く。このときばかりは、肺と心臓のことだけを考えているわけではなかった。ようやく、人全体を視ることができたのだ。

Chapter 4 98ページ

その後もいくつもの症例が登場しますが、ひとりひとりの患者背景が濃密に描かれます。私は普段、家庭医療学の手法などを用いて『人全体を視る』ことを意識して診療していますが、これほど患者背景を掘り下げられているだろうかと、自身の診療を見直すきっかけとなりました。この人間性を追い求める姿勢が臨床研究とマッチして、ABCDEFバンドルなどの素晴らしい業績につながったのだと思いました。

また、ナラティブメディスンや健康の社会的決定要因といった総合診療を学んでいるとよく登場する考え方もでてきており、著者の医療の実践は、病院総合医としての私が理想としているものだと感じました。この本は研究の世界で有名な集中治療の大家による著作のためエビデンス重視の無機質なものかと思うかもしれませんが、まったく逆で人間性を追い求める温かい物語であり、とても感動しました。以下の文章はこの物語を端的に表していると思います。

もし若い医師だった頃の私に、誰かが「集中治療で最も重要なことは?」と尋ねていたら、人工呼吸器や昇圧薬のこと、ショック状態から救命して生命維持装置を開始することなどを熱心に話したことだろう。まさか、イチジクやスプーンにのったハチミツ、1曲の音楽と答える日が来るとは思いもしなかっただろう。

エピローグ 355ページ

まとめ

私の所属する市立池田病院のOpen ICUでは毎朝、担当医、循環器内科医、呼吸器内科医、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養師が集まり、カンファレンスを実施しています。病院総合医の私たちがファシリテートを行い、ABCDEFバンドルを拡張したバンドルに沿ってカンファレンスを行います。この本を読んだあとは、OpenICUという限界がある中で、「E:早期離床」や「F:家族の参加」についてリハスタッフや看護師と重要性について共有し、より一層協力して取り組むようになりました。また、全身管理はもちろんですが、患者さんの背景を掘り下げたり、ご家族にも配慮したりと、集中治療には病院総合医の強みを生かす場面が多いことを再認識し、今後のモチベーションが高まりました。

集中治療の現場で働いている方、直接関わっていなくても病院総合医や家庭医として働いている、あるいは興味のある方にとっては、非常に有意義な本だと思います。是非手に取って読んでみることをお勧めします。

(文責:青木大 市立池田病院救急総合診療部)
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